私達の教育改革通信
第 144号夏季増大号
2010/8
教育通信ホームページ
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門前の小僧は習わぬ経を読めるか
佐々木聖
プラスチック・ワードとしての「効率性」
プラスチック・ワードと呼ばれる言葉がある。「コミュニケーション」「プロセス」「システム」といった、内実は何だかよくわからないけれど、それを口にしたとたん、さも立派なことを言ったような気分にさせる言葉のことだ。一種の思考停止を誘う水戸黄門の印籠のような言葉、と言い換えてもいい。
「このような単語を、日常世界のマスターキーと呼ぶこともできるだろう。なにしろそれはお手軽だ。あらゆる部屋に通じるドアを開けて、広大な空間を切り開いてくれる。そして、あらゆる分野の現実に浸透し、みずからのイメージに合わせて当の現実を仕立て直すのである」(ウヴェ・ペルクゼン『プラスチック・ワード————歴史を喪失したことばの蔓延』糟谷啓介訳)。
いま流行りの日本語では「地球環境」「付加価値」などが典型か。四字熟語で押すなら、ひと昔まえは「構造改革」なんてのもあった。「顧客満足」とか「国際平和」もそうだが、その語の前ではグウの音も出ない、懐かしき寅さんの口上を借りれば「それを言っちゃアおしめえよ」的な言葉のつらなりだ。
これのリストに昨今ぜひ付け加えたいのが「効率性」。世は挙げてムダ排除の大合唱だ。それ自体の意義はさておき、民主党の事業仕分けに送られる拍手喝采の裏には、このプラスチック・ワードがべったりと貼り付いている。
もうずいぶん前から、ビジネス啓蒙書の世界ではこの言葉が金科玉条といってよい。やれ速読法だ多読法だ、最小の労力で最大の成果を上げる仕組みだ、時間を有効に使うノウハウだ、1円もムダにしない経費削減術だ、「暗黙知」を「見える化」する方法だ……。そして、いわゆる「カツマー」(ベストセラー・コンサルタント勝間和代氏の心酔者)に代表されるごとく、それらの目的はすべて「いかに他人を出し抜いて一人勝ちするか」。一方その陰では、全く上昇志向を望まない、もしくは望むべくもない人たちが増えている。
いつからこんなさもしい、世知辛い世の中になってしまったのか。そこで、この言葉がまだプラスチック・ワードではなかった時代を振り返ってみたい。
1日歩き回って1500円のアルバイト
大学時代の夏休みに、実家のある神奈川県相模原市周辺で「漬物の訪問試食販売」という奇妙なアルバイトをした。
朝、社員の運転するライトバンに3人の学生アルバイトが乗って出発する。適当な場所に車を止め、1エリアにつき30分の制限時間で解散し、個別訪問する。しば漬け、からし漬け、たくわんなど6種類ほどに仕切られたタッパウェアを持ち歩いて家々の戸を叩き、その場で試食してもらう。気に入ってもらえれば、袋詰めの在庫を積んだライトバンに取って返し、お好み3種類の詰め合わせセットにして売る。制限時間が来たら次のエリアへ向けて移動する。
カーラジオから柳ジョージ&レイニーウッドの資生堂のコマーシャルソング『微笑の法則』が流れていた1979年の夏のことだ。
おそらく埼玉県あたりの工場でつくっていた漬物だと思う。夏の暑い盛りに、衛生に配慮しているとはいい難いタッパウェア入りの漬物を学生アルバイトが持ち歩き、試食してから買ってもらうなど、今ではとても考えられない。しかし東京近郊では当時ちらほら見られた商売だったと記憶する。
履歴書をもっていくと即座に採用され、ろくなオリエンテーションもないまま現場に放り出された。未経験の学生がいきなり飛び込みセールスをするのだから、そう簡単にはいかない。おまけに完全歩合制だった。
はっきり覚えていないが、たしか1セット1500円で300円ほどの歩合が入るのではなかったか。移動時間を入れると1日に回れるのは10エリア程度なので、1エリアで1セット売れたとしても1日の稼ぎは3000円。当時、バイトの時給の相場は400〜500円だったから、労力のわりには分が悪い。そもそも1エリアでコンスタントに1セット売るのは至難の業だった。
だからバカらしくなって、一緒に始めた何人かは最初の1、2日でさっさとやめた。ソニーがウォークマンを、NECがパソコンを発売し、インベーダーゲームが流行して、「軽さ」と「明るさ」がもてはやされる80年代を目前にしたこの時期、もっとスマートに効率よく稼げるバイトは探せばあったのだから、無理もない。もっとも、雇うほうでもそれを見越して人を選ばず片っ端から採用したのだろう。
炎天下を1日じゅう汗だくになって歩き回ってもせいぜい5セットしか売れないので、さすがにやめようと思った。だが、コンスタントに10〜15セット売るヤツが一人だけいる。名前は忘れたのでA先輩としよう。同じエリアでかち合うことがあり、A先輩の売り方を見ていると、あることに気づいた。
でっちあげたセールストーク
その会社がテリトリーにしていた、新宿から小田急線で1時間弱の地域は、東京のベッドタウンとして急速に宅地化が進んでいたが、真新しい家をA先輩は素通りする。当たりをつけるのは、反対に古ぼけた長屋ふうの家。それも玄関ではなく、勝手口から「こんちわ!」と御用聞きよろしく声をかける。「今日も暑いねえ」などと世間話から始まっていつのまにか、まるで旧知の間柄のように会話が弾んでいる。気がついたら売れていた。そんな具合なのだ。
当時、新しい家にはインターホンが普及し始めていた。これがセールスマンの大敵であることは、いくら学生バイトでも1日経験してみればわかる。試食まで持ち込めれば売れる可能性は高くなるが、対面できなければ話にならない。だからインターホンのある家は避けていたが、長屋のおばちゃんのふところにするりと入るA先輩の巧まざる手腕には心底、舌を巻いた。
いっかな売れないのにすぐやめなかった理由を今から振り返ってみても、ライトバンに乗せられ鵜飼いの鵜みたいに放たれる行商スタイルにちょっと自虐的な好奇心を覚えたのか、A先輩の抜きん出て優秀な行商人ぶりに少しでもあやかりたかったのか、あまり定かでない。まあ、生活がかかっているわけではない自宅通学の学生バイトの気楽さ、だったのだろう。
ちょっと底知れぬ不良っぽさがある反面で人あたりの良いA先輩の真似はできない芸当なので、こっちは「理詰め」でいくことにした。そこで目をつけたのが6種類ある漬物の中の山菜漬け。「山菜をマヨネーズであえてサンドイッチの具にすると美味しいですよ」というセールストークを考えた。いまこう書いているだけで気持ち悪い。もちろん頭の中ででっちあげただけで、実際そんなふうにして食べたことはない。ひどい話だ。
ところが不思議なことに、「へえ、そうなの」と買ってくれる人がいる。それに味をしめ「マヨネーズあえ山菜サンドイッチ」をセールストークの柱にして、山菜を中心に売り込む作戦を実行したら、1日10セットはコンスタントに売れるようになった。現金なもので、そうすると俄然おもしろくなってくる。
北海道出身で流しの弾き語りをやっていたという社長(たしかまだ30代だったはず)にカラオケスナックに連れて行ってもらった。ちょっと水っぽい美人の奥さん以外に正社員2人の零細企業だ。バイトのA先輩は半端ないワルの前歴があると見たが本人は多くを語らない。社長が「社員旅行の積み立て金をバイト代から天引きしていいか?」と聞いた。「はい」と答えた。
……だが、しょせん口先だけのセールストークは長続きしない。調子が良かったのはせいぜい2週間で、お盆を過ぎたらガクンと売れ行きが落ちた。行商部隊そのものが出動しない日も増えた。その会社は菓子メーカーの下請けもしていて(むしろそれが本業だったのかもしれない)出社するとそっちへ回されるようになった。パートのおばちゃんたちに混じって「麦チョコ」を袋詰めするのは漬物の行商に比べれば楽だが、これはこれで気鬱な単純作業だった。
夏休みが終わりフルタイムから週2日のパートタイムに変わると、完全に麦チョコ要員になった。なのでフェードアウトするようにやめた。社員旅行の積み立て金を返してくださいとはさすがに言えなかった。
さもしくも、世知辛くもないお客さん
たかが学生バイトの「ひと夏の経験」に大層な御託を並べるつもりはない。けれども、編集記者の仕事で職人さんに取材する機会があるたびに思い出したのが、この時のことだ。
職人はその技を言葉ではなく身体で受け継ぐ。例えば駆け出しの板前は「追い回し」といって下働きだけを命じられる。だが鍋釜を洗うにもうまい手はずがあって、やっていくうちに自分でそれに気づかなければならない。鍋釜洗いひとつにしても奥が深い。それがわからず漫然と仕事をしているようでは、容赦なく見込みなしの烙印を押される。包丁を握るようになっても、先輩はいちいち口では教えてくれない。失敗を重ねつつ体得していくしかない。料理人に限らず昔の職人はみんなそうして一人前になった。
というようなことは頭では理解しても、なかなか実感としてつかめない。乏しい体験からかろうじて推察するに、あの夏の炎天下に徒手空拳で放り出された漬物行商に「習うより慣れろ」の職人世界の一端があったのかもしれない、と思う。社長もA先輩も、売るためのコツやら説教がましいアドバイスなど、酒の席でさえ口にしたことがなかった。それぞれ自分のやり方があるのだから、そんなことは自分で考えるしかない、自分で考えてこそ身につく。結果的に行商職人としては失格だったのだけれど、「門前の小僧、習わぬ経を読む」というのはこういうことなのかもしれない、と今にして思うのだ。
しかし門前の小僧が習わぬ経を読むには、どうしてもある程度の時間がかかる。ショートカットの近道はなく、遠回りのようでも定められた道を進むしかない。
「効率性」というプラスチック・ワードがしゃしゃり出る隙はないのだ。暗黙知を「見える化」すれば形式知にはなるかもしれないが、それがきちんと継承されるかどうかは、また別の次元の問題というしかない。
それにしても、インターホン越しに「ウチは結構です」と冷たくあしらわれた新興住宅地の立派な門構えの家と対照的に、怪しげなセールストークに「ノって」くれたとしか思えないボロ長屋のおばちゃんたち。ムダに悪戦苦闘している学生バイトを哀れに思って同情してくれたのかもしれない。いずれにせよあの人たちには、おトクなことしか考えない今どきの「生活者」(これもプラスチック・ワード)のさもしさも、世知辛さも感じなかった。
花と話す 水木鈴子さんの詩
きんぎょそう
水木鈴子
ピイッ、ピイーッ、
風さんの口笛のような音色がはしると、もう秋です。
優雅に反応するあなたの素直さは、
大地が生み出す癒しの力そのものですね。
あなたとしばらく遊んでいると、ほうら・・・・
人の世の迷いや悩みがすーつと消えていくような、
そんな気がしますわ。
風さんを真似て吹いてみます。
ピイッ、ピイッ、ピイッ・・・・。
選ばれた10の科学実験のうち最も古い実験は、紀元前3世紀、アルキメデスと同時代のギリシャのエラトステネスが行った地球曲率の測定実験である。夏至の正午に日時計の影の長さがゼロになる北回帰線上の都市シエネと同経度にあるアレキサンドリアの日時計の影の長さと二都市間の歩測距離から地球の曲率と半径が決定された。10の科学実験には、斜塔を利用したガリレオの伝説的落体実験や、光の波動性を証明したヤングの二重スリット干渉実験も含まれているが、読者投票では、外村実験以外の9実験に票がほぼ均等に配分され、順位がつけられなかったという。クリースは外村実験に票が集った理由を、「現在の技術の手の届く実験装置によって、古典力学から量子力学へのパラダイムシフトを劇的に示した説得力」にあるとした。クリースはまた、「外村実験はヤング実験の明晰さとガリレオ実験の驚きと美しさを備えている」という一投票者からの手紙を紹介し、こう付け加えている。「エラトテネスと外村の実験は、科学史の書棚の左右一対のブックエンドになっている」。エラトステネスの実験が巨視世界の天体運動と地球形状についての当時のギリシャ人の直観を確認した実験であるのに対し、外村実験は量子世界の非直観性を現代人の直観に訴えているからである。
湯川先生は、外村実験の25年前の1964年に開かれたギリシャ王立協会主催のアテネ会議での招待講演「科学的思索における直観と抽象」のなかで、一電子量子干渉実験の科学史的意義をこう説明している。「20世紀の物理学は、長い間光の波動性と粒子性の二重性のデイレンマに悩み続けてきました。このデイレンマは、物質の構成要素である電子にまで二重性が発見されるに及んで、いよいよ鋭いものになりました。それは量子力学の確率という概念によって解決されるのですが、確率概念は事物が極端に複雑で、それについての知識が不完全であると考えられるとき旧い物理学に導入された概念です。ですから一個の電子のようなもっとも単純な場合に確率概念が必要であるという発見は驚くべきことなのです」。
クリースの本には次点になったいくつかの実験も紹介されている。そのうち一番古いのは、風呂の逸話で知られるアルキメデスによる静流体実験である。クリースは、哲学者・科学史家として、この実験が日常から生まれた美しい実験であるとすれば、戦時のような非日常から生まれた美しい実験もあるという。一般に、美しさは意外性と必然性の結合から生まれるという。
朝永先生の超多時間理論が理研彙報に発表された二次大戦中の1943年に、徴兵を免れたローマ大学の二人の実験物理学者が宇宙線中の湯川メソトロン(ミュー中間子)の寿命を測定している。シシリー島に上陸した米英連合軍がローマ砲撃中に、拾ってきたワイヤと闇市でみつけた電波装置でつくった簡単な電子回路を使った測定実験である。この実験も次点になった。ローマの二人の物理学者―マルチェロ・コンヴェルシとオレステ・ピッチオーニ―は、1944年に連合軍がローマを撤退したあと、改良された装置を使ってメソトロンの寿命を2マイクロ秒と決定した。この値は湯川理論の予想値より二桁大きかったが、この実験は戦後の素粒子物理学のさきがけになった。ちなみに、湯川理論発表から3年後、二次世界大戦前夜にあたる1938年4月12日付朝永滞欧 (ライプツィヒ)日記にはこう書かれている。「ひる前ハイゼンベルグの講義。ひるからゼミナールがある。ハイゼンベルグは湯川理論をやる。今日はスカラー理論だけ。ユコン (パイ中間子) の寿命を求める。この粒子は不安定で、200メートル走ってこわれる。だから宇宙線中のユコンは空中でできたものである。これが本当なら、ウィルソン霧箱でこわれるところが200枚に1枚の割合で写真に写るはずである。これはまだ見つかっていない。ヴェクトル場は次にやる」。ミュー中間子は湯川核力を媒介するパイ中間子の崩壊生成物であるとする坂田・井上二中間子論が発表されたのは大戦末期の1946年、湯川論文から11年後、朝永超多時間論文から3年後である。
「企業経営の倫理」(続き)
選訳註 海野光三郎
11 イノベーションで組織を動かす
・「企業家たるものは体系的にイノベーションを行わなければならない。」
・「イノベーションは、焦点を絞りシンプルに行わなければならない。」
・「イノベーションとは製品利便性、欲求の創造である。あるいは用途の開発である。」 『マネージメント』
・「イノベーションに優れた企業は、人の作ったものは、やがて陳腐化することを知っている。競争相手によって陳腐化させられるのを待たずに、自ら陳腐化し、破棄することを選ぶ。」『マネージメントフロンテイア』
・「人口、年齢、雇用、教育、所得など人口構造にかかわる変化ほど明白なものはない。見誤りようがない。予測が容易である。リードタイムまで明らかである。イノベーションにおいて人口構造こそ分析し検討すべき要因である。」『イノベーションと企業家精神』
・「われわれは、人の手によるあらゆるものが、年を取り、硬直化し、陳腐化し、苦しみに変わることを知っている。かくして経済と同様に社会に於いても、あるいは事業と同様に社会サービスに於いても、イノベーションと企業家精神が必要となる。」
・「あらゆるものがやがて陳腐化する。そして進歩する。それが文明というものである。」
・「ひとつだけ企業家精神に向かない気質がある。確実性を旨とする気質である。企業家精神とは気質ではなく、行動であり、同時に姿勢だからである。」 『イノベーションと企業家精神』
・「必要な新知識を知り、そのもたらす影響を考え、新技術、新製品、新プロセスに変えることが企業の役割である。」
・「製品とサービス、プロセスとチャネル、制度と政策のすべてが、出来上がった瞬間に陳腐化を始める。」 『テクノロジストの条件』
12 そして人を動かす
「成果を上げるには、性格、強み、弱み、価値観、信条はいかようであっても良い。なさるべきことをなすだけでよい。成果を上げることは、習慣である。したがって、他の習慣と同じように身につけることの出来るものである。そして身につけなければならないものである。」 『経営者の条件』
「チェンジエージェントたるための要点は組織全体の行動様式を変えることである。全員が、変化を脅威ではなくチャンスとして捉えるようになることである。」 『ネクストソサエテイ』
「資源を生産的な仕事に集中して始めて生産性を上げることができる。逆に資源の分散は成果を上げることを不可能にする。体系的廃棄と名付けたものを制度化するものである。」 『乱気流時代の経営』
「重要なことは、人材の質を維持し、向上させ続けることである。有能な人材を惹きつけられなければ、立ち腐れが始まる。その結果生じる衰退を逆転させることは出来ない。不況期においてさえ、有能な人材は、挑戦や機会がなく、何かを達成したり成果を上げたりすることの出来ないところには止まらない。」
・「徹底して検討すべきことが、自らの強みは何か、その強みはどこに適用すべきかである。自らの強みを知り、その強みに集中することによってのみ、不況期にあって、一足飛びに立つことが可能となる。」 『実践する経営者』
・「修得することが出来ず、もともと持っていなければならない資質がある。それは才能ではなく真摯さである。」 『現代の経営』
・「自己目標管理(MBO)の最大の副産物は上司と部下のものの見方の違いを明らかにすることにある。コミュニケーションの第一歩である。」
・「コミュニケーションは私からあなたへの伝達するものではない。それは我々の中の一人から、我々の中のもう一人へ伝達するものである。組織に於いてコミュニケーションは手段ではない。それは組織のあり方そのものである。」 『マネージメント』
・「顧客の全支出のうち、自社が提供するカテゴリーの製品とサービスに向けられる部分の割合である。支出配分の変化こそ、企業にとってあらゆる情報の基本である。」 『明日を支配するもの』
・「大きくなること自体に価値はない。良い企業になることが正しい目標である。」 『乱気流時代の経営』
・「事業の成長は成果への報酬であり喜ぶべきことである。成長は資金繰りを悪化させる。利益は緊急時用の利益ぐらいに思っておいた方が良い。 『変貌する経営者の世界』
・「組織は、人を惹きつけ、引き留められなければならない。彼等を認め、報い、動機付けられなければならない。 『プロフェッショナルの条件』
・「人の育成こそ最も重要な課題である。雇用と人事を手放すことによって人を育てる能力を失うならば、勝利に目がくらんだとしか言いようがない。 『ネクストソサイエテイ』
・「組織の将来を左右するのは人材のいくせいと配置である。今日の意志決定が実を結ぶか否かは、人材の育成と配置にかかっている。あらゆる意志決定のうち、人事ほど重要なものはない。」 『変貌する経営者の世界』
・「人員配置は致命的に重要な意志決定である。人員配置の決定が、成果のためのプログラムを持つことになるか、紙屑に過ぎないプログラムを持つことになるかを決める。」 『創造する経営者』
・「強みに焦点を合わせるということは、成果を要求することである。」 『経営者の条件』
・「もっとも希少な資源が人材である。人は、他のものがどの様に報われるかを見て、自らの態度をと行動を決める。」 『チェンジリーダーの条件』
「極めて多くの知識労働者が知識労働と肉体労働を行う。その様な人たちをテクノロジストと呼ぶ。テクノロジストこそ先進国にとって唯一の競争力要因である。 『明日を支配するもの』
13
そのうえで変化を捉える
・「デカルト以来、重点は論理的な分析に置かれてきた。これからはこの論理的な分析と知覚的な認識の両者が必要とされる。」 『イノベーターの条件』
・「社会生態学は、通年に反することの内で、すでに起こっている変化は何か、パラダイムシフトは何かを問いつつ、社会を観察する。知識とは、それ自体が目的なのではなく、行動のための道具である。
・「未来を予想しても無駄である。限りある身の人間に出来ることではない。重要なことは、すでに起こった未来を確認することである。」 『すでに起こった未来』
・「人口構造の重心が移動すれば、社会そのものが変化する。組織や問題はもとより、社会の風潮、性格、価値観が変わる。激震が走る。」 『見えざる革命』
・「組織の目的は組織の外にしかない。顧客と市場である。」 『マネージメントフロンテイア』
・「今日、経済的には、知識が資本となり、富を生み出す中心的な資源となりつつある。さらに今日、社会的には、知識労働者が中心的な存在となっている。」 『新しい現実』
・「仕事の意味を理解できるのは、目標を設定し、人を組織し、コミュニケーションを図り、動機付けを行い、仕事を評価し、人を育成したことのあるものだけである。」 『断絶の時代』
・「一人ひとりの人間は、その意味を受け入れることも自らの存在に結びつけることも出来ない。巨大な機構の中で孤立している。社会は、共通の目的によって結びつけられたコミュニテイではなくなり、目的のない孤立した分子からなる混沌たる群衆となった。 『『経済人』の終わり』
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最後に社会(政治)を考える
・「明日というものは、無名の人たちによって今日作られる。」 『マネージメントフロンテイア』
・「歴史を作るのは、政治家、軍人、哲学者ではない。一人ひとりの働く人間である。未来に於いて何かを起こすと言うことは、新しい事業を作り出すということである。」 『創造する経営者』
・「19世紀には勿論1929年に到ってさえ、政府による経済運営を可能と見る者はいなかった。政府による景気のコントロールを可能と論ずるものはさらにいなかった。」
・「あらゆる機関、政策、計画、活動について、使命は何か、それは今も正しいか、価値はあるか、すでに行っていなかったとして、今始めるかを問わなければならない。そこで政府活動をみっつに分類することが必要になる。成果の大きさに基づいて、強化すべきもの、廃棄すべきもの、仮説を試すべきものに分ける。」 『未来への決断』
・「公的機関も企業と同じように効率的にマネージメントすれば成果を上げられるとくどいほど言われてきた。間違いである。公的機関に欠けているものは、成果であって効率では。ない。」 『マネージメント』
『絵本講座』絵本のある子育て
坂本 千鶴子
1.絵本を読む前に
●人と人とのコミュニケーション力を養うのに必要なこと
赤ちゃんの持っている能力を信じる
目をしっかり合わせる
愛情を込めていつも名前を呼んであげる
赤ちゃんにあった速さ(ゆっくり、のんびり)を全ての基本に
信頼感 安心感
心の安定(大人の心の安定が赤ちゃんの情緒を左右する)
耳を澄ませて聞く力
音を楽しむ力
五感で楽しむ(感受性)
共感
好奇心(次の楽しみを待つ、予測する)
読み手との信頼関係
●わらべ歌を通して、培われるものが大きい理由
うたいかけ かたりかけ 名前の呼びかけ
●なぜ、赤ちゃんに歌いかけ、語りかけが必要?
人間の赤ちゃんに、声を掛けずに育てると?
人間の赤ちゃんは一年ぐらいの早産で生まれる
(生理的早産説 ボルトマン)
人(大人)が育てて、人(赤ちゃん)になる。狼に育てられる と狼になる。機械が育てると、心のない機械になる!
赤ちゃんは、「選んで聞くこと」の学習が必要です。
わらべ歌の歌いかけにより、赤ちゃんが耳に入る音すべてをひとつひとつ確かめながら聞き、音を選ぶ力が養われます。
★赤ちゃんは、心地よいときに筋肉が緩みます→リラックス
聞きやすい高さの声、歌う人の裁量で音程もリズムも変えられ 、赤ちゃんに合わせられます。構えて歌わなくても大丈夫
★赤ちゃんの成長
耳を澄ます
声を出す
体を思い通りに動かす
★生まれてすぐからの語りかけ
赤ちゃんがめをさましたら、「あーら、おっきしてたの?」
●テレビの弊害 テレビをみせること=機械による子育て
多種、雑多な声、早口、音の高さ、リズム
一方的な押し付け(コミュニケーションではない)
流れ去る映像、くり返しに答えてくれない
1997年ポケモン事件750人が救急車で運ばれました!
赤ちゃんには音も動きをも受け止めきれません。
2ヶ月の赤ちゃんは目を自分の意思で動かせません(注視)。
聞き流す訓練をしているようなものです。
音を拒否 = 喜怒哀楽が無くなります
2.絵本の楽しみ
赤ちゃんは、生まれる前から、お母さんのことが大好きです。
お母さんを信じています。 そして、生まれて初めてお母さんの顔を見た瞬間、声を聴いた瞬間から、更に、誰のことよりも特別に、大好きになります。
赤ちゃんは、おしゃべりをできるようになる前から、全てのことをわかっています。まだ、大人と同じ言葉でお話ができないだけで、全てを感じ取り、わかっていて、それを表現しようともしているということを、心から信じてあげてください。
自分を信じてくれている人から肉声で話しかけられた言葉は、一生の宝物となって、赤ちゃんの中に沈殿していきます。
テレビや機械を通した音声には、決して代わりができないことです。
3.お母さんも、絵本を赤ちゃんと一緒に楽しみましょう
質の高い絵本は、赤ちゃんが大好きなお母さんと心地よい時間(癒される時間)を過ごすことに、大きな力を貸してくれます。落ち着いた静けさの中の楽しみを知ることができます。
たくさんの楽しい発見が待っています
→ページをめくると絵が変わり、場面が変わる
様々な感情を持った言葉をお母さんの声で聞くことで、共感性が養われます。
音をまねる、繰り返す、絵と言葉の一致を発見。この繰り返 しの中で、楽しみながら言葉を蓄積し、沈殿作用が進みます。
聞く力→集中力→理解→記憶→知的好奇心
絵から情報を得ることを学びます。
知的な楽しみの基本を身につけていきます。
心を込めて作られた絵本の中には、美しい絵と詩的な言葉、温かな気持ちが詰まっています。小さいうちは、美しく心地よいもので、赤ちゃんの心をいっぱいにしてあげましょう。
絵本を読んで見ましょう!
表紙をゆっくり見てみましょう。
ページは、ゆっくりめくりましょう。
赤ちゃんが、途中で何か話しかけてきたら(「あー」、「うー」と言うのも、りっぱなお話です)必ず、返事をしてあげて、いっしょ止まって見てみましょう。指差すものがあったら、赤ちゃんが伝えたいことを想像して、代わりに言葉にしてあげてみましょう。お気に入りは、何度でも読んであげましょう。同じお話でも、赤ちゃんの中では、くり返し読んでもらう都度に、どんどん深化していっているのです。
絵本を読むたびに、赤ちゃんの変化に日々驚かされます。
さあ、リラックスして、まずは、言葉の少ない絵本から、赤ちゃんといっしょに、たくさんお話しながら、楽しみましょう。
きっと、絵本の時間が待ち遠しくなりますよ^^。
(坂本さんは、聖徳大学の社会人講座・聖徳大学オープンアカデミーで、赤ちゃんへの読み聞かせ講座をなさっています)
2010年「時代のHIKARI」へのある考察
〜“写真展「5人5色」を創ること”を通して交わされた
5人の写真家とキュレーターの対話〜
www.gallery21-tokyo.com/jp/exhibitions/2010/hikari/index.html
キュレーター:
太田菜穂子(GALLERY 21 / KLEE INC)
5人の写真家たち:
岩田栄二/杵嶋宏樹/セリーン・ウー/田尾沙織/西山功一
はじめに
今、写真はその誕生以来、最大の激動期を迎えている。デジタルの浸透は本来、光学機器であったカメラを電気機器にシフトさせ、表現もケミカルなフィルムと印画紙から成立するモノから液晶画面の中で存在するヴァーチャールイメージをも含む“モノ”へと大きく変質、かつ増殖しつつある。これらの構造的かつ質の変化があったにもかかわらず、写真は“写真として”現実社会の中で、確実にその存在感を増している。一体何故だろう?
これほどまでの劇的な変貌を遂げてもなお、いやだからこそ、写真は“写真としての質”と“写真表現の独自性”をもってさらに多くの人々を魅了しつづける。まさに“写真維新”とも言えるタイミングにある現在、独自のヴィジョンを展開する5人の写真家の作品にフォーカスを当て、彼らの作品に潜む写真の力とその意味を個別に考えてみた。切り口はHIKARI、それは“光”ではなく、あくまでも“HIKARI”。私たちが生きる現代という時代において登場した“HIKARI=VISION”を基軸に据え、これに『場所』と『時間』という縦軸を設定し、その姿を浮き彫りにしようと試みた。下記は実際に“展覧会をつくる”という共同作業を通じて写真家たちと交わしたダイアログの一部である。
写真表現に限ることなく、私たちは現在という時間を“Cutting Edge(最先端)」として捉え、さまざまなシーンで“物事の本質”を率直に話し合い、その意味を共有するための努力をもっともっとするべきではないだろうか?
第一章 岩田栄二とのダイアログ
By 岩田栄二
光と影、それはモノを構成する要素。
路上には光と影が溢れ、私は漂う意識の断片を探して彷徨いながら様々なモノと向かいあう。
歩き続けることに夢中になり、見渡すと自分が今どこに立っているのかを認識できないことも少なくはなかった。
路上を歩きまわること、それは私にとって新たな世界を発見するささやかな旅。
人が消えた路地、何気ない街の隙間、静かに問いかけてくる彫像たち。
街に残された意識は時間の化石となり、次々と視覚から知覚に飛び込んでくる。
路上で撮り続けることによって、いつしか記憶と記録が一体化し、私は私自身と対自することに気がついた。
存在を消すように佇むモノたちは私の記憶と外の世界を共有化させる媒介なのだ。
脆く、儚く、揺動している世界、街の記録は心の影となり鏡のごとく感情を投影してくる。
完全な形としてではなく、ただ淡々と時を積み重ねた存在に心を奪われる。
私はその一瞬一瞬を写真で表現したい。
影を描くために光の存在があり、光は記憶を記録として写し出す。
光と影は私の記憶=モノたちを描き出す要素なのだ。
影を追い続け、光を求め、今も私は路上の旅を続けている。
By キュレーター 太田菜穂子
彼の場所
個人の記憶が刻まれた場所の価値や意味を他者に共有させることは生易しいことではない。
しかも、その個人が無名な存在の場合、事態はさらに難易度を増す。岩田栄二は今回、その難問に向き合った。
しかし、ひたすら街を徘徊する撮影スタイルがもたらしたものは、全く“異なる場所”の表情だった。
外界に向けられたはずの無機質な光学機器は、その人間の過去への想いなどとは一切関係なく有機体の街にさまよう“生身の人間”の深層心理や今の意識を映し出したのだ。彼の場所、それは彼の心の中に存在する。
彼の時間
一日の時間、一年の時間、時間の経過を映し込む事象が削除された写真たち、岩田栄二の写真の時間は点から点、デジタル時計の数字表示のように経過する。
数字として知覚される時間の姿に私たちはもう違和感を覚えることもなくなった。クールで冷徹な、数値としての時間、彼の時間はデジタルだ。
彼のHIKARI
写真を撮影するという行為がもたらすものは、ひとつではない。もちろん撮影の結果、作品として結実することを目指す行為ではあるが、作品にまで至れるか否かは分からない暗中模索の作業でもある。岩田は今、写真を撮ることで自分の中のHIKARIを探している。
第二章 杵島宏樹とのダイアログ
By 杵嶋宏樹
ことばとおく、とおく とおく、こころ流れて消えてゆく。
この場所にこころ残そう。この風景にこころ残そう。
こころのおく とおくとどく、ことば流れど こころ映える。ゆく日のひかり遊ばそう。 くる日のひかり遊ばそう。
2010
咲きに行く −harmony scale-
調律するように、ひとつずつ。世界や風景というか、
もっとひとりずつの生活の身の回りを少しずつ変えていければ、木、一本を眺めてみても、雲一つない空を 眺めてみても、なかなかいいものだと思えるのではないか。お互いがそういうところで恋愛のことでも、サッカーのことでも、環境のことでも相手の声に耳を傾けられればいいなと思う。
そうしたら、その場の空気みたいなものが生活の身の回りを変えていくことになるだろうし、どこかの風景や世界に響いてくれるので はないかという思いがあります。
2003年
By キュレーター 太田菜穂子
彼の場所
写真という表現の特性として、そこに写されている場所が現実に存在するというコトが挙げられるだろう。
学校の校門も、土手も、球場も、その窓辺も実際に存在し、写真家はその場所に立ち、シャッターを切ったという事実だ。杵嶋宏樹が捉える世界に存在する場所には秩序があり、穏やかで、暖かい。
“今、自分が確かに幸せであること”を信じられる場所だ。平凡な日常が持つ充足感、すべては手が届く範囲にある安心感、杵嶋の視線はそれぞれの場所に棲む“良き精霊たち”に似て、一瞬にして全てを浄化する力を持っている。
彼の時間
温度、湿度、そして匂いすら感じる懐かしい時間がここにある。写真に存在する時間は全て過去、シャッターを切った瞬間、全ては懐かしいものになると、ある高名な写真家は語った。
しかし、杵嶋のそれは、過ぎ去った時間の懐かしさだけではない、あるべき姿を信じる力と伝える質を備えた時間だ。世界のどこか、遠くの場所に今も“確かに信じられる時間”が流れていることを。
彼のHIKARI
柔らかで傷つきやすく、暖かな感情、そんな言葉にならない気持ちが、杵嶋に写真という表現を選ばせたように思う。言葉のように比喩でも理屈でもなく、記号のように共通認識のツールでもなく、より曖昧で自由な解釈を可能にする写真の力を信じ、彼はひたすら写真を創る。
第3章 西山功一とのダイアログ
By 西山功一
今ここにいながら、今ではなくここではない彼方の存在を知る。かつては今だったあの瞬間に光を当てこの地上に定着させること。 その起点を辿って行けば、他者には届かない個人だけの持っている
切実で柔らかい部分への忠実さから始まっている。
例えばその始まりが、「私が子供の時に住んでいた家の近くには森があり、その森の中では世界の深い部分との繋がりを感じることができた。
しかし私の成長と比例して森は時間を掛けて崩されてゆき、目の前には喪失の過程だけが残り続けた。」という私的な記憶だったとする。
私たちの生活がその時代や場所から逃れることができないとすれば、この時代の物語の語り方は過剰さの中で汚染されて信頼を失い堕落し続けているかのようにも見えてくる。
その中で私たちが自律性を保つためには、理解も共有も親密さも要求しない沈黙のみが、残された唯一の有効な手段なのかもしれない。
しかしそれにもかかわらず、始まりの点をもう一度信じてみる。そしてこの地上にある微かな接点を注意深く見つけだし、点と点を結び続けてみる。その向き合い方が失ってしまった時間に抗うことに似て分が悪くても、私たちは急がなければならない。
全てを失って手遅れにならないために。小さな物語を普遍へと繋げるために。世界との整合性を再び奪回するために。彼方にある瞬間を地上へと着地させることとは、私たちの身体が消失したあとも百年後千年後までそれらの存在を更新し永続させることへの願いである。
私たちが芸術とか写真とか名付けて産み出すものは、時の洗礼にかけられても生き続ける強さを常に前提としている。光に照らされたあの列に並ぶことは、孤独なことではないのだ。結んで来た点の先端は今ここにある。
By キュレーター 太田菜穂子
彼の場所
特定の場所とその人間との関係性、西山と“その場所との関係”は日本独特のイメージ、“地縁”とは全く異なる様相を呈している。
ここには、個人の感情や情緒は限りなく削ぎ落とされ、
フラットで乾いたテクスチャーのランドスケープが広がっている。
西山は作品空間を創るにあたり、自身の記憶をコード化し、そのコードに沿った場所を厳格に採集した。
この制作姿勢は実証的でありながら、同時に未来的な検証実験でもある。にもかかわらず、西山のランドスケープは連なり合うことでどこか懐かしく、繊細な音楽を奏で出す。コードには個人の記憶が宿るようだ。
彼の時間
時計の音が聞こえない。これがそれ以前なのか、それ以降なのか、その判断すらつかない。
かくも整理され、コントロールされているのに、すべてが途上、その途中経過のように感じさせる。
この風景が明日には劇的に変わっていくこともありえるし、ずっと静かにこのままであることも予感させる。
時間という感覚がいかに相対的であり、危ういか?西山はさりげなく問いかける。
彼のHIKARI
緻密で論理的、そして繊細にして詩的。
自分の身の回りに起こるひとつひとつのことに折り合いをつけ、誠実に対処して行こうとする西山の姿勢は清々しい。一点で語るべきことへの責任の取り方、連なることで見えてくる偶然への受容力、西山のHIKARIは実にきめ細やかで、柔らかい。
第四章 田尾沙織とのダイアログ
By 田尾沙織
日常、旅の途中、自然と写真を撮りたい衝動に駆られる。
自然と光に魅せられて写真を撮ってしまう。
光はその一瞬のもので、写真はその場所へ行ったということだけでなく、その光と出会ったという証拠になる。
写真は私の記憶であり心を動かされた瞬間、もう取り戻せない過去になる。旅先で何が現実なのか解らなくなる。
この東京とあまりにも遠い国の接点が見えなくて、遠い国で東京という街は夢なのではないかと錯覚し、今まで旅して来た事が夢の様に感じられる現実が東京にはある。
水のない川、水の溢れる森、広い空と乾いた大地に凍る水。
接点がない世界でも、全ての源はひとつで、私が歩いて来た地球は大きくて狭くて、そして美しい色と光にいつも包まれている。
By キュレーター 太田菜穂子
彼女の場所
地理的移動は“旅人”に圧倒的な影響を与える。
水辺、山岳、都会、砂漠、ジャングル、昨日までとは全く異なる環境で、自分が目にしている“生の現実”を受け容れることは容易なことではない。しかし、田尾沙織は違う。彼女は何処にいようと田尾沙織の視線の質と高さを保って全てを受容する。
その視線の先に広がる世界を眺め、彼女は佇む。
土地が持つ恩恵に預かり、慎ましくシャッターを切ると、彼女は自身が訪れた痕跡すら消して、静かに去る。
今、ここにいる。それだけで、そこは田尾沙織の場所になる。
彼女の時間
ここには、時計の針が規則正しく廻っている。移動の時間、日常の時間、写真を撮る時間、どの時間も慎ましく、カチカチと24時間が存在する。
過去から未来へ、そのはざまの一瞬である“今”、彼女はその事実を穏やかな諦観と慎ましい希望とで受け止めているようだ。
大げさに懐かしむことも、嘆くこともなく、“今”という時間と静かに折り合いをつける姿勢、それが逆に、永遠の時間をイメージさせる。
彼女のHIKARI
彼女が探しているもの、求めているもの、追いかけているもの、それをひと言で言うなら“Truth”ではないだろうか?
本当のかたち、本当の色、本当のこと、
彼女はこれからも彼女のHIKARIを求めて、音も立てずにひたすら歩いてゆく気がする。
第五章 セリーン・ウーとのダイアログ
By セリーン・ウー
時に激しく、時に優しく私たちを包んでくれる太陽の光は永遠とも思える時間を旅し、その終着点で陰影の創造美を私達に魅せてくれます。
そして、その“はざま”に精神世界とも思える存在を感じ、その神秘的な瞬間を捕らえようとしました。
香港で生まれ、神戸やロサンゼルス、東京をベースにして生活を続けてきた私は、常に東洋的感性と西洋的感性の間に存在し、どこが母国なのか、どの文化や言語が自身のオリジナルなのかさえ分からなくなります。
このプロジェクトは自身の内面にまだ眠っているアイデンティティーを探す旅であり、国や地域の文化、精神性を越えた、絶対的な存在を探し続ける旅でもあるのです。
By キュレーター 太田菜穂子
彼女の場所
閉ざされた狭い空間でしばらくじっとしていると、
その場所の居心地の良さに突然気づかされることがある。
CELINE
WUの写真に取り上げられる場所(SCENE)には、
その隅々にまで彼女の視線が行き届いている。
本シリーズに存在するシークエンス、それは私に、ある記憶を鮮明に甦らせた。
かくれんぼうで隠れた縁の下、“子供同士の真剣な遊び”の真っ最中であることをすっかり忘れ、目の前をゆっくりと動いて行った影法師に心を奪われたあの昼下がりのこと。
ちょっと暗くて湿り気に宿った空間、それは、個々人の懐かしい“特別な場所”への記憶に重なり合うようだ。
彼女の時間
ゆっくりと、そして秘密めいた時間、CELINE WUの時間は独特な質感を持っている。
その諧調には、彼女の丁寧な生き方が読み取れる。
過去から現在へ、モノクロで表現された時間の層はゆっくりと規則正しく、そして突然急流のような勢いを持って動き出す。人間の感情のように繊細で、大胆な彼女の時間。 それは彼女しか制御できない。
彼女のHIKARI
光と影のバランス、マテリアルの精緻な質感、アブストラクトな描写、精度の高い構図。
ここに表現されているものは、彼女の信じる美の基準が凝縮されている。ともすれば、ないがしろされがちなスタンダードの価値、精工なこの物差しを手に入れたCELINE、彼女はこれからさらに遠くへ旅立つはずだ。
「妄言:集中豪雨」―板東太郎を呼び起こせ!
海野和三郎
関西の集中豪雨の記事が、このところ続き、今日も広島でのお年寄りの罹災や多くの犠牲になった方々の悲話が出ていた。集中豪雨が今後ますます増加するであろうことが予想されるので、それについて考え妄言したい。
板東太郎は「利根川」を意味する以外にも、真夏、甲府盆地に発生した入道雲が、偏西風に乗って関東平野に達し、激しい夕立を起こす、その入道雲のことを板東太郎と言うらしい。甲府盆地は、笛吹川、釜無川など水量豊かな河川の合流するところであり、かつ、持ち運びのできる大きさの石を蛇篭につめて、それを基礎に築き上げた信玄堤が今なお一部健在で、甲府盆地全体が大きな水瓶の役割をしている。(ついでに;コンクリートで固める堤防は要所に限り、信玄堤を全国に普及することが生物初め国土環境問題に重要である)其処へ、真夏の太陽がつくる日溜まりの効果と相俟って板東太郎が出現する。
化石燃料の使い過ぎで起る、大気中CO2量の増加に伴う地球温暖化が問題になっているが、その影響は地球全体よりは、先ず沖縄、台湾、フィリピン辺りの南海洋上の水蒸気蒸発に現れると予想される。更に、南では、台風の発生頻度や大型化にもなる可能性がある。北米大陸の竜巻やハリケーンの発生頻度にも同様な影響があろう。それが、水の惑星地球の温暖化の特徴である。もっと温暖化が進むと、また別のモードが現れるであろうが、温暖化が1℃程度であれば、20年間くらいはこれらが目立つ特徴であろう。その特徴が具体化した板東太郎現象が今回の広島の集中豪雨であると考える。
その対策は、八ッ場ダムを信玄堤で各地に作り板東太郎現象を起こし、毒を以て毒を制するというのは如何であろうか。妄言多謝。
「第3回 市川櫻香の会」のお知らせ
市川櫻香さんは、日本の伝統文化を継承発展させるべく努力し、新たな試みに取り組んでいます。この「教育改革通信」にもたびたび寄稿されました。
このたび市川團十郎の多大な力添えと、能、狂言の方々の協力で、下記のような「櫻香の会」が開催されますので皆様にもお知らせします。ご声援をお願いします。
問い合わせ:「市川櫻香の会」090−5639−3900
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第3回 市川櫻香の会 会場:名古屋能楽堂 日時:平成22年9月23日 開場:午後12時半、 開演:午後1時 演目 謡・清元: 新作 天の深女 四場 狂言: 盆山 清元: 深山桜乃兼樹振 保名 出演 歌舞伎:市川櫻香、市川三寿也 能(謡):影山三池子 衣斐愛 狂言: 佐藤友彦 佐藤 融 浄瑠璃: 清元志佐雄太夫 清元一太夫 能楽・笛: 藤田六郎兵衛 他 |
(編集 茂木)