私達の教育改革通信
第 148号 2010/12
教育通信ホームページ
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発行人:西村秀美,先事館箕面 〒562-0023箕面市粟生間谷西3-15-12
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編集::先事館吉祥寺 海野和三郎180-0003武蔵野吉祥寺南4-15-12;
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先事館京都教育大 岡本正志〒612-8582京都市伏見区深草藤森町1
先事館聖徳大学 茂木和行 165-0035 中野区白鷺2-13-3-409
石川
雅章
1、さすがにあの夏(2010年)は「このままではヤバい」と思った。ある日の昼間,例によってかなりの暑さだったが,いくらお金がなくて冷房できないからといって,ボーっとしているわけにもいかない。とにかく少しでもできる仕事を進めようと,少々無理して机に向かって作業をしていた。ちょっとキリがついたので,一息入れるついでに汗を拭こうと洗面所に行きかけた時,手が濡れているのに気付いた。それが,汗のように「全体にじっとり」と濡れているのではなく,「局所的にびっちょり」といった感じ。もちろん,手を濡らすような作業などしていないし,そもそも液体など周辺には置かれていない。しかもよく見るとその液体,「糸をひいている」。「なんだろう,これは」と,濡れていないほうの手を顔に当てた時,口の周辺も「ぬるぬる」であることに気付いた。どうやら「無意識によだれを垂らしていた」ようなのだ。
「このまま意識を失ってしまうのが『熱中症』なのね」……この夏の暑さに「恐怖」すら覚えた瞬間だった。さすがにその後は,暑い時には無理して机に向かう作業はせず,他の作業中心に切り替えた。とはいえ,何も対策をしなかったわけではない。自宅には冷房はないが,「冷風機」というものはある。しかし,エアコンほどパワーがなく,暑い時に使っても全然効かないので,これまであまり使う気が起きなかった。
しかしこの暑さは,「なんとかうまく使う方法はないか」と考える気を起こさせた。いつも作業をする6畳の部屋は無理でも,もっと狭ければ何とか冷やせるかもしれない。そう思って,自宅で最も狭い空間を冷やすことを考えた。既に「無線
LAN」が使える環境は整っているから,どこでもパソコン作業はできる。あとは,置く「机」が欲しい。でも,狭い場所にも置けそうな机など,なかなか市販されていない。そこで,板材やら角材やら金具やらを買ってきて,ドリルやら鋸やらを持ってトンカントンカンと「木工作業」をしたのだった。
かくして「トイレ事務室」が完成した。[1]
「冷風機」の噴出し口をトイレに向けて作動させると,案の定,「控え目に設定した冷房」程度に涼しい。「これで,これからは作業も順調に進められる」……と,思ったのも束の間,30
分ほど動かしたところで,無情にも,内部の冷却用コンプレッサーだけが停止してしまった。どうやら,外気(と言っても屋内)の暑さのため,内部に熱がこもって安全装置が働いたようだ。「冷風機」は「熱風機」と化した。
自宅で机に向かって作業をしていると,暑さで頭がボーっとして来るのだが,横に敷いてある万年床に寝転がると,少しマシになる感じがする。どうやら「トタン屋根」のためか,熱気が部屋の「上半分」に溜まるようなのだ。とはいえ,寝たまま作業をするわけにはいかない……と考えるのが普通なのだろうが,天邪鬼の私はつい逆をしたくなる。
「寝たまま作業ができればいい。」
まぁ,これも「暑さのせい」なのかもしれないが。
たとえば,寝た姿勢で使えるパソコン台があれば,書類の作成や事務作業くらいはできる。もちろん,そんなパソコン台など市販されていない。そこで,板材やら角材やら金具やらを買ってきてトンカントンカン……(以下同様)。かくして「ゴロ寝用パソコン台」が完成した[2] 。いざ実際に使ってみると,「暑さ」云々とは違う効果を発見。「腰がラク」なのだ。これまで,机に向かってキーボードを叩いていた時は,すぐに腰が痛くなっていたが,「ゴロ寝用パソコン台」では,1時間以上パソコン作業を続けてもあまり苦にならない。というわけで,この台は夏が終わった現在も(「今」も)重宝している。
2、私はいつも「インターネットラジオ」を聞いている。通常のラジオと違い,特定のジャンルの曲ばかり放送するラジオ局が多く,一日中好きな音楽だけ聴いていられる。受信に使うのは,「もう使わないから」と言われてもらってきたパソコンとスピーカー,そして,中古屋で2〜3千円で揃えた無線
LAN などの通信機器。スピーカーを枕元の両脇に置いて間に寝転がり,好きな音楽に包まれながらパソコンで作業をすれば,これはもう「至福の」貧乏生活である。そんな「超横着」なパソコン作業の仕方をするようになって少し経った頃,フと考えた。「ひょっとするとこんな台があれば仕事ができるようになる人が居るかもしれない」と。
ちょうどその頃,気になるニュースを見つけた。それは「76 歳男性,熱中症死」というもの。[3] なんでも,それまでその家の収入は亡くなった方の年金のみで,何年もの間,電気もガスも使わずに生活していたとか。長男が同居していたものの,その長男も腰を患っていて就ける仕事が見つからなかった,という話。
他人事ではない。幸い「電気やガスを使えない」ほどではないものの,インターネットの記事で見た写真のような「薄っぺらい屋根」の直ぐ下の部屋に,エアコンを使わず,たいした仕事もできずに生活している点などは,私もほぼ同じ。とはいえ,「仕事」に関しては,長男は「腰を患っているために仕事に就けなかった」のだという。確か「職安にも行ったが……」という話だったと思う。私のような「横着グセ」から来る努力不足ではない。一方で「腰」に関しては,痛めているわけでもない私が,寝転がって「極楽状態」で作業ができる環境を得ていて,逆に,少しでも働いて養うべき家族もいたその長男は,なす術がなかったわけだ。
「なんとかならなかったのだろうか」という思いが込み上げた。もし私がこの台を作った直後あたりにその長男の人と出会っていたら,そして「腰が痛くてもできることはありますよ!」と言って,この台を譲ってあげていたら……。長男は,自宅でパソコンでできる作業にも求職先を広げられると,希望を持てたかもしれない。それを前提に職探しを再開したり,電気を再契約していたかもしれない。そして,父親の「熱中症対策」のために扇風機を回すことくらいできたかもしれない。そんなことを考えた。同時に思ったのは,「『職安』って何をする所なのだろうか」ということ。もし,企業に「求人票」を出させて,それを「求職者」に見せるという,いわば「右から左へ書類を回す」だけが仕事であるなら,何も「オヤクショ」がやる必要はない。ウェブサーバ上に企業が職種の分類や諸条件などを入力できるフォーム(入力ページ)を設置し,受け付けたデータを蓄積して,求職者が検索可能なシステムを作れば,人手など要らない。
だいたい,そうしたものは民間で既にあるのではないだろうか。とすれば,ある意味「オヤクニンがやるまでもない」こと。もちろん「人を相手に話さないと気が済まない」求職者もいるだろうから,「人がそこにいる」意味もあるかもしれないが,別にそれは「オヤクニン」でなくてもいいはず。そもそも「職安」とは「職業安定所」,つまり「安定して職業に就かせる」ための様々なサービスの提供をする「公的機関」であるはず。税金から給与を受け取っている「オヤクニン」がするからには,単なる「斡旋」や「紹介」とは格が違うものでなければならないような気がする。
「職業訓練校の紹介」くらいはしているのかもしれないが,では前述のような「腰が悪い」とか,他にもたとえば「握る力が弱い」とか,「声が出せない」といったようなハンディキャップを持つ方に対してはどうなのだろうか。まず,前述の「寝た姿勢でパソコンが使える台」を使えば,腰が悪くてもパソコン作業くらいできるはず。過去にも私は,障害者やその関係者の方からの相談で,「電動スタンプマシン」とか,「VOCA(ヴォカ)」と呼ばれる「録音した声を出す装置」を作ったこともある[4][5] 。応用すれば,握力がなくても出来る作業があるかもしれないし,同じセリフばかり連呼する「呼び込み」や,駅前での「ティッシュ配り」程度なら,言葉が不自由な人でも,ある程度できるのではないだろうか。
別に私が作ったものでなくたって,巷にはいろいろな福祉機器や補助器具が溢れている。そのままでは働き口が制限されてしまう人でも,その「ハンディキャップ」を補助するような道具が与えられれば,就ける職種が格段に広がる可能性だってあるはず。しかし,今の「職安」が,そのような「適当な道具を宛がって働ける可能性を広げる」ようなことまでしているだろうか。まぁ,腰の悪い長男の働き口を見つけられなかったということは,そこまでする気など全くなかったためであろうことは容易に想像できる。「その人をより働き易くするには何があればいいか」などには一切目を向けないまま,「できる仕事はないです」と言って追い帰してしまっているのが,今の「職安」の実態ということだろう。
3、どういったハンディキャップにどのような機器が適当かを調べるのは,それなりにたいへんであろうことは,想像に難くない。「私(石川)が作ったものだけ」を対象に「使えるか,使えないか」を判断すれば済む,というわけにはいかない。市場に溢れる全ての「福祉機器」や「補助具」などを対象に,その人に合いそうなものを探し出すのは,かなりの手間になるだろう。
でも「やるべき」ではないだろうか。職業「安定」所なのだから。「安定」と称しながら安定させられないなら,それは「職務怠慢」であり,「責任放棄」であり,公務員としての「義務違反」のように思う。何のために,国民が納めた税金から給与を受け取っているのか。残念ながら,「いくら国民のためとは言え,『たいへんな思い』はしたくない」というのがオヤクニン根性。改善される望みはほぼゼロ。それは,年金の管理がどうだったかを見れば言うまでもない。
最近では「名ばかり長寿」がいい例。大阪市には 152 歳(1857〈安政4=江戸時代〉年生まれ)の男性を歳高齢に,ほかにも 120 歳を超える人が 5125
人も,戸籍上「生きている」ことになっていたとか。[6] この程度の管理能力と意識だ。で,その職員の平均年収は 700 万円弱ほどあるとのこと。もちろん,大阪市に限った話ではない。
考えてみれば,こうした「オヤクニン」が,今まで「世界一の長寿国」を示す数字も出して来たわけだ。自殺者はジワジワ増え続けていて,原因として「いじめ」や「集団自殺」の話がある一方で,「過労死」や,子供の「虐待死」などのニュースも多い。とすれば,亡くなっているのはある程度若い世代が多いのではないか。でも,寿命は「伸びている」という。「名ばかり長寿」の問題は,その辺りの「からくり」を垣間見たような気がする。
その「オヤクニン」がする仕事だから,もちろん職安にも「黒い噂」が付きまとう。あるサイトで「酷い求人」として記載されていたものとしては,「月給8万事務」とか,「実務経験6年時給 \750」などといったものがあるという。[7] そこだけ見ても「労働基準法」を満たしている職場なのかどうか不安になるが,実際に紹介されている求人であるなら,職安のオヤクニン様方はスルーしているのだろう。
当事者に言わせると「膨大な求人票をいちいちチェックするのはたいへんなの!」という声が聞こえて来そうだが,「だったら 700 万円も持っていくな」と言いたい。人一倍持っていくなら,それなりの仕事をこなせていてしかるべき。結論として「職アン」とは,レベルの低い職場斡旋で将来の見通しも暗くする「職業暗低所」,あるいは「労わり(いたわり)」の精神などとっくに破壊された会社を,ノーチェックで輪のごとく悪循環させる「破労輪悪(はろうわあく)」と言ったところだろうか。その「オヤクショ」の出す「(完全)失業率」とか「有効求人倍率」といった数字は何なのだろうか,と疑問を持って調べたら,なんと,実態より「いい数字」が出るような仕組みになっているらしい。[8] 「完全失業率などの数値が実態を反映していない」という,政府の「内部文書」まであるほどだとか。
いわゆる「ニート」と呼ばれている「修学も就活もしていない人」は,「失業率」算出時に「分子(被除数)に含まれない」ことが,欧米とはかなり「考え方が」違うようで,小さな数字になる一因らしい。単なる「失業率」ではなく,「『完全』失業率」などという特別な用語を用いているのもそのためのようだ。しかし,こうした数字の求め方を問題視する声は,既に数年前に聞いていた気がする。
「有効求人倍率」というのも,報道では「求人数 ÷ 求職者数」のように報じられてるが,実際は「ハローワークへの求人数 ÷ ハローワーク利用者数」だという。つまり「ハローワークで把握していないものは対象外」なのだとか。詳しく言うと,分子(被除数)には,前述のような「どーでもいいブラック求人」が含まれ,分母には「ハローワークを(たとえば『信用できない』などの理由で)利用しない人」は含まないので,実態より高い数字になるという。
そんな数字でも,近頃は出した側が「かなり悪い」と言っているくらいだから,どんだけ「不況」なのか。もう少し緊迫感があってもいいように思うが,そんな感じは伝わって来ない。
4、さて,じつはここからが問題の本質。
秋口,急激な円高が問題になり,輸出に頼る企業の多い日本は「さらに業績が悪化する」と騒いだ。ところが報道に依ると,円高の原因の1つが「低い失業率」だという話。「失業率が低い→日本は欧米ほどの不況ではない」と見られているのだとか。つまりは「官製不況」だ。いや,今は「菅政不況」と書いたほうが合うかもしれない。しかも,このようなことを平気で放置する方達の平均年収が 700 万円もあって,それを平気で税金から受け取っているのかと思うと,なんだか情けなくなる。せめて,一般サラリーマンより少し多いくらいの
400 万程度まで下げて,差額で人を雇って,ブラックな求人を排除する「仕分け」をしてもらえば,「給与もらい過ぎ」の批判をかわし,「ブラック求人企業」も排除でき,「雇用の創出」にもなるから,一石二鳥・三鳥でしょ。書類を見て「賃金が低過ぎないか」などを判断する作業くらい,「腰が悪い」程度なら問題なく雇えるはず。
まぁ,既述の通り「身を削ってまで納税者のために働く気などない」のが「オヤクニン」気質だ。
「身を削る」云々と言えば,「経営者」もどうかと思う。某自動車会社の社長で,9億円近い報酬を受け取っている方が居たようだが,自分がそれだけ受け取る前に,一部でも広く社員に分配して,雇用をつなぎ止めることはできなかったのだろうか。
もちろん,その自動車会社に限らず,高額の報酬を受け取っている人は他にもいるわけだが,そういう方達はそのお金を「何に使う」のだろうか。だいたい,使い切るのか。たとえ半分も使い切れないような報酬を受け取っていないで,その半分ずつでも社員に分配して,消費に回るお金を増やし,雇用をつなぎとめるくらいのことを全経営者がやっていれば,日本の景気もここまで悪くならず,前述の「熱中症死」などもなかったのではないか。
報道では,経営者に意見を聞くと「景気が悪いから政府は対策を」と口を揃えるが,実質的に消費を冷え込ませているのは誰なのか。これで「若者が働く気を失っている!」と嘆いているのだから,ちゃんちゃら可笑しい。「失うほうが『正常』ではないか」とすら思えるのは,私だけではないだろう。
[1] トイレを事務室に!?
http://treeware.jp-help.net/WCOffice.jpg
[2] ゴロ寝用パソコン台
http://treeware.jp-help.net/goronePC.jpg
[3] 炎暑,弱者襲う 熱中症死の76歳,電気ガスなし10年〔朝日新聞〕
http://www.asahi.com/health/news/TKY201008190509.html
[4] どなーるキット
http://treeware.jp-help.net?ednl
[5] エスコアール−製品(電子機器 1)
http://www.escor.co.jp/Products_E_donall.html
[6] 大阪市の最高齢152歳 戸籍上120歳以上5125人〔朝日新聞〕
http://www.asahi.com/national/update/0825/OSK201008250071.html
[7] ハローワークの黒い噂 酷過ぎる求人「月給 8 万事務」……他
http://himo2.jp/1395400
[8] 政府発表より実態は悪い? 完全失業率とは
http://allabout.co.jp/career/economyabc/closeup/CU20090512A/
21世紀経済成長の太陽エネルギー論
海野和三郎
世界人口70億の需要を満たす経済成長は、枯渇性の化石燃料依存では限界があることは明らかであるが、それが21世紀初頭にやってきた。いわゆる、石油ピークがこれである。億年かけて地球がためた化石燃料を100年で浪費したツケが回ってきたと言ってよい。昨今、アメリカは世界通貨のドルの大増刷を行っているが、これは、いわば、隠れた埋蔵金(余剰のエネルギー)を引き出して一時しのぎをするための悪あがきで、このままでは、あと、20年か50年で、経済の大恐慌が起こり、世界経済は破局に陥ることは明らかである。当分はエネルギー資源としては原子力があるが、これとても1000年程度の需要を満たす有限なエネルギーであり、子孫に残すべき資源である。原子爆弾に使われないように、早く使ってしまえという意見もあろうが、10年間に原子力発電所を10倍増設するのは危険である。太陽エネルギーの有効利用がその解決策として最も有効であり、現時点での技術の範囲で実行可能である。石油火力より格段に安価で、再生可能な太陽エネルギー工法を全地球規模で普及することが不可欠である。火山島地下1000mでマグマの高温と3℃の深海水との温度差を利用する地熱海洋発電も有望であるが、危険性もあり、開発が間に合わない恐れがある。
水力、風力,波浪などの自然エネルギーは、自然が集めた太陽エネルギーであるので、それらの利用は大いに推奨されるが、(適地以外では)絶対量が不足している。また、森林や成長の早い農作物の光合成を通じての太陽エネルギー利用は、地球温暖化問題と人口(衣食住)問題とも関連して極めて重要であるが、農作物をエネルギー源とするのには自ずから限界がある。簡単な非結像集光が太陽エネルギー工学の鍵を握っている。その理由は、熱機関の効率は温度上昇に比例し、太陽電池パネルの場合は同じ発電量を、逆比例的に小さな面積のパネルで得られるからである。億年かけて地球が貯めた化石燃料を百年で使うという効率の良さは、太陽エネルギーから石油を作る効率が、例えば1000万分の1であっても、1kW/m2の太陽エネルギーをその1/10、100W/m2で利用することになるので、効率10%程度の太陽電池で夜間・天候の効率低下の下で、石油火力と競争するには、クリーン・エネルギーの名目による補助金をつける以外にない。それが現状である。ところが、平面鏡で作る簡便な非結像集光を利用すれば、集光度に比例的に利用効率が上がるので、太陽エネルギー利用の効率が石油火力との競争で逆転勝利することが可能となる。以上は、エネルギー問題説明のための大雑把な勘定であるが、石油火力に勝ってエネルギー・地球環境問題を解決する鍵が、焦点を持たない大まかな集光装置にあることの説明である。
産経12月3日(金)に、『基調講演 温暖化への日本の対応』と題する茅陽一氏の講演ほか、「『ポスト京都』実効性と公平性の確保を」という経団連会長米倉弘昌氏の特別講演、「地球温暖化防止COP16への提言」シンポジウムに於ける坂根正弘氏、桝本晃章氏、逢見直人氏山本隆三氏等斯界の権威によるパネルデイスカッションが掲載されていた。何れも理路整然として尤もな見解であるが、総合すると、地球と経済と社会の未来に明るい展望が見えて来ない。例えば、茅氏によると、CO2削減、1990年から2020年に25%、2050年には80%とし、政府は(排出権取引、環境税、固定価格買取方式)の3点セットを考えているが、リーマン・ショックによる経済落ち込みと同程度乃至それ以上の大きさの経済変動を伴う必要があるとのことで、排出権の売り手は国内になく、途上国から買うよりない。環境税は、その金で排出権を買うつもりなのか良く分からないが、税額の折り合いが100倍も開きがあるらしい。太陽光発電などでの再生可能エネルギーを全量固定価格買取で電力会社が買うことにすると、一般の家庭は年間5000円ほど高く電力を買うことになるという。結局、25%は当分やめて、10%か15%とし、それを国内で実現し、あとは米中の参加を待って国際貢献で2020年に25%削減を満たす、という。
責任ある立場で、迂闊な事は言えないことは良く分かるが、全体として消極的で、日本がこんなことでは50年先の地球人類の命運が心配である。マイナスをプラスに転化して新時代への進化をする複雑系進化論を期待したい。小さな一例だが、最近、TPP(環太平洋パートナーシップ)とやらで、もし食料輸出入の自由化が行われると、日本の農業は苦境に立ち、ただでさえ低い食料自給率がますます低下するという問題が出てきた。前にも書いたが、その解決策として、水稲は竹と共に、そよ風でも葉が揺らぐ自前の矢吹効果(CO2を葉緑素に送り光合成を促進する)で、他の植物に比べて成長が10倍早い、即ち、CO2削減効果が非常に大きく、しかも連作が効く、最も環境にやさしい植物であることを利用して、農家に環境保護奨励金を支給すれば、問題は解決するであろう。茅構想の中にも、「国内真水分」という言葉があったが、稲や竹の生産で食料や土壌改良もできる竹炭生産すれば、一石三鳥ではないだろうか。
エネルギー源である化石燃料不足のマイナスをプラスに大転換するには、根本に立ち返って、太陽エネルギー利用の効率を10倍以上数10倍に上げて、例えば、石油火力より格段に安く電力を作ることである。一般に、蒸気タービンのような熱機関の仕事効率は、ボイラーの温度上昇に比例するから、平面教の張り合わせで造る簡単な非結像集光装置で集光すれば、温度上昇は集光度にほぼ比例するから、同じエネルギーで集光度にほぼ比例して電力をつくる。太陽電池の場合は、集光度に逆比例的に小さな面積のパネルで(温度上昇による出力低下がなければ)同じ電力を発電する。極軸の周りに1日半回転するシーロスタット式にするなどの設計は省略するが、家庭用1kW発電装置は、少し量産すれば、1機10万円もあれば作れるであろう。天候に左右される弱点はあるが、使う場所で造れる長所はある。10年使えば、制作費の元が取れるであろう。それらの設計は、「海と森と人の和の太陽エネルギー工法」として述べたことがあるので、ここでは省略する。
あと10年か20年で石油ピークがやってくる。その頃、地球温暖化で、気候大変動が心配される。その前に、太陽エネルギーの有効利用を促進して、CO2はむしろ光合成の資源として活用する文明をつくらなければならない。その頃には、火山島地下1000mのマグマの高温と深海水3℃との温度差をつかう「地熱海洋発電」が無尽蔵の電力を供給するであろう。太陽・地球環境の恵みは計り知れないタータガータ(如来蔵)である。
科学カフェ(NPO)運動の体験
伊藤栄彦
2004年10月、科学カフェ京都(KCKと略称)が発足して以来6年 を経て、ようやく地域でも知られるようになった。 ここで得たささやかな
経験を述べ、読者各位のご意見・ご批判を賜りたく望む次第である。
@ 経緯
核兵器の惨禍、高度成長に伴う公害の拡大などの現実からか、わが国では、科学・技術の進歩に対する疑問を抱く人が少なくない。 かたや、若い人の 間に、理科嫌い・理科離れの傾向が、先進諸外国に比して強いことが、OECDなど各種調査によっても明らかになっている。
2004年の中頃のこと、大学を退職後京都に住み、ボランティア活動を望 んでいた教員と、社会教育団体スタディユニオンのリーダーが出合い、上記の
風潮への対策として、当時すでに欧米で盛んになっていた、科学カフェ運動の結成について話し合った。 そして、この趣旨に賛同した退職大学教員、退職企業 技術者などにより準備会が発足した。
その後、「とにかく始めよう」と、試行的に「科学カフェ」を開いた。 講師 は準備会のメンバーで、経費の関係から、市の施設を利用した。 参加者は
10名内外だったが、講師である病理学者の話は、素人にも良く理解でき、質問 も多く、好評であった。
この成功に自信をもち、そのご数回の例会を重ねる うち、趣旨に賛同した篤志家より資金の寄付もあり、参加者も増えて行った。
@ 科学カフェの考え方
2004年版科学技術白書にも紹介されている欧米の科学カフェ運動や、国内各 地で行われている科学教育関係のイベントは、次のような様々な目的を持つと思われる。
1. 将来の国家の消長にかかわる科学技術の分野に、より多くの優れた人材を獲得する。
2. 科学技術の開発には、多額の費用を要し、公的資金の投入も不可欠だが、
そのために、必要な納税者である一般市民の納得を得る。
3. 科学技術は人類の貴重な文化的所産であるが、それ自体を理解することに よって、新たな自然観・世界観などについての議論を楽しむ。
我々の科学カフェの主たる催しは、毎月1回開く例会であり、この3項を念頭に置いている。 ここでは、各分野のエキスパートを囲んで1時間半ほど話を聞き、その後、コーヒーブレイクを挟んで、約30分の質問時間をとっている。
参加者 の大半は中高年であるが、その熱心な質問には、講師も舌を巻くこともあり、司会が閉会を訴えるのに苦労するほどである。 人間の知識欲が年齢によらないこと を痛感させられる。
女性参加者数も予想を上回っている。 たまに高校生の参加もあるが、受験勉強の負担からか、広がりは少ない。 我々は、スタート時、3項の議論を楽しむことを主眼としていたが、小中高から出前授業などを要請されたることも多く、そのときは出来るだけ協力している。
@ KCKの活動の現状
2004年10月より、2010年10月現在まで68回目の例会を迎えた。 講演の分野は、科学・技術を広く捉えて決めており、以下のような割合になっている。
医学 13 先端工学 8 その他(含人文・社会科学)11
物理など基礎分野 16 生物学 8 エネルギ・資源 9 情報・経済学 7
今日まで、我々が活動を続けられたのは、何といっても、各例会の話題提供者であるゲストが、ボランティアとして良く準備された話題を提供され、そして時間オーバーも顧みず、参加者の質問に丁寧に対応して下さったことに尽きる。
そして、このことに対し、参加者の感謝も大きい。 参加者は順次増加し、現在は毎回約60名で推移している。 これ以上増えると質問もし難くなるので、制限せざるを得ない。
例会の参加費は、より参加し易いように無料である。 会場は出来るだけ比較的廉価な大学の教室を利用している。 必要な経費は会場で、支持者の手で販売する一杯100円のコーヒーと、寄付と出前講義謝礼の一部天引きで賄っている。
また例会参加者の自発的提案により、会場の隅に、カンパ箱を目立たぬよう置くことにしている。
@ 英仏などの科学カフェとの違い
欧米の科学カフェ先進国と我々の間には、そのスタイルに、かなりな違いがあり、それが、両者の内容にかなりな違いを生じているように思われる。 英仏の科学カフェでは、街のカフェで開かれ、その寛いだ雰囲気の中で、ワインも含む飲料等を各自味わいながら、
ゲストのスピーチを肴に、議論を楽しみ、同時に社交の場として、知己を広める場でも有ると聞く。 しかしわが国では多数の参加者が、長時間過ごせるような場を得ることは不可能であり、かつ喫茶店などで議論を楽しむ習慣も少ない。
そこで廉価な大学の教室や講演室などを使用せざるを得ず、熱心な教師と学生と言った感じがある。 このような、会場の差が、両者の雰囲気の差を生んでいるのであろうか。
また、彼等はプロジェクターはもちろん、白板すら使わず、講演者はあくまで言語によって科学を語り議論している。 「百聞は一見にしかず」と言うが、言葉だけで 現代科学を語るのは極めて困難である。
一方、我々が行っている映像機器によるプレゼンテイションは、よく工夫された画像によって有無を言わせず結論を相手に押し付けてしまう欠陥を持つ。 科学技術を論じると一言で言っても、彼我の間では、扱うテーマと、そのテーマの何について論じるのか、かなりな違いが有るのかも知れない。最新の高度の科学・技術について、一般市民の方々に話し、議論する場合、
その本質的な点を理解して貰うには、あまり技術的なことに深い入りせず、 核心になる考え方を訴えることが必要であろう。言うや易く、解くには難しい問題であり、今後の我々の課題の一つである。
そして、今後、国の内外を問わず、様々なスタイルの「カフェ」がより多く出現し、それら間での経験と情報の交流が情報交換が盛んになることが何より望ましいと痛感している次第である。
アインシュタインの三通の手紙:ルーズベルト、ニコライ、ラッセル
法橋登
1.はじめに
本誌2007年11月号の書評「仁科芳雄往復書簡集」の中で原康夫氏は仁科が日米開戦前年に発表した論文から次の言葉を紹介している。「東亜の争闘と欧州の戦乱による金(経済力と人材)の米国集中は科学の隆盛と世界文化の発展のために慶賀すべきだがそれも米国民が健全であるという前提の下にである」。続いて原氏は仁科記念館を訪れたベルトマン教授の「アインシュタインがルー
ズベルトに手紙を書かなかったら原爆は日本の敗戦まで実現せず、広島、長崎の悲劇は起こらなかったろう」という発言を紹介している。米側の戦時資料は50年の守秘期間を経て先年公開されており、手紙のいきさつや米側からみた東亜の争闘や金の米国集中状況を日本の今日と比較してみた。
また、第1次世界大戦(欧州の戦乱)開戦時にアインシュタインとニコライが連名で公開した「訴える書」と2次大戦後のラッセル・アインシュタイン宣言のつながりを考え、1922年のアインシュタインの京都講演にも触れた。
2.ルーズベルトへの手紙
資料によるとハンガリーから米国に亡命したユダヤ人物理学者レオ・シラードの大統領あて信書に同じ亡命者のアインシュタインが連署したのは1939年で、このとき大統領は核兵器開発に関心を示さず、検討委員会をつくっただけだった。しかし1941年に英国のユダヤ系物理学者フリッシュとパイエルスが進言した爆縮型原爆のアイディアには高い実現性があると考え、独ソの先着を恐れた大統領は1942年6月に核開発を決意し、11月にボーア、フリッシュたちが参加する「マンハッタン計画」が始まった。シラードは1945年3月にドイツに進攻した米英連合軍が原爆計画の不在を確認すると計画の対日転用に反対したが、翌4月の大統領の死によって計画は新大統領に引き継がれ、7月16日に核実験に成功、8月6日にウラン爆弾が広島に投下、8日のソ連の対日参戦を経て9日にプルトニウム爆弾が長崎に投下された。プルトニウムの臨界量はファインマンが計算しオッペンハイマーが修正している。日本の降伏がスイスを通して米国に伝達されたのが11日、大阪大空襲は14日、第三国との調整を経た正式降伏日は8月15日になった。原爆を1民族による「反文明的発明」と考えたヒトラーは、「最終兵器」ロケットによるロンドン爆撃にこだわり、英国のレーダー開発と独技術を継承した戦後の米ソ宇宙開発競争を加速した。原爆投下の正否については米国の歴史学者の間でも議論が分かれているが、長崎は不要だったという点では大体一致している。原爆計画への通常の兵器開発を超える国家資金の投入については、文明転換の費用として容認している。資料によると4年間のマンハッタン計画には現在価値で200億ドル強、円換算で2兆円超、プルトニウム生産用カナダ原子炉には2000億円が投入された.マクマスター大学のブロックハウスはこの炉の中性子を使った物資構造解析でノーベル物理学賞を受けた。実験技術者にはクライン・仁科公式の実証実習が課せられた。ドイツも戦中にカナダ炉と同型の天然ウラン重水実証炉を作ったが、臨界に達しなかった。私は戦後IAEAフェローとしてカナダ炉に出会った。ちなみに米国立衛生研究所の年度予算は3兆円超、その中から2007年12月に日米で基礎
実験に成功した万能細胞の再生医療実用化に10年間に1000億円超が投入される。日本では5年間で100億円超の拠点研究が決まった。
東亜の争闘に関して米側資料は、フィリピン、グァム領有(米西戦争1898)、対中門戸開放条約(1899)に続く米国の太平洋進出に対する日本の「帝国主義的幻想」による過剰反応への応戦が太平洋戦争だとしている。占領軍最高司令官として新憲法制定に関与したマッカーサーは、英露の代理戦争といわれた日露戦争時には日本側従軍武官だった父の副官をしていた。当時の米大
統領はルーズベルトの父で新渡戸稲造を読む親日派だった。マッカーサー夫妻は帰国後イリノイ大学に基金をつくったが、オックスフォードで古代史を専攻したあと物理に移ったレゲットは、この基金でPD時代を京都、大阪で過ごし、イリノイの教授職についた。ノーベル賞の対象になったボーズ・アインシュタイン超流体での内部ジョセフソン効果の発見は、PD時代の指導教官恒藤敏彦との討論に負っている。レゲット夫人は日本人で、一人娘は日本の旧占領地である東南アジアで自然災害被災者救援NGOのリーダーをしている。
3.アインシュタイン・ニコライからラッセル・アインシュタインへ
アインシュタインは改造社の招きで1922年に来日している。ノーベル賞受賞を知ったのは日本に向かう船中だった。京都の生物学者山本宣冶(山宣)は、仙台と東京で講演したあと京都入りしたアインシュタインをホテルに訪ねている。戦争の自然的・地政学的条件と既存観念が戦争に及ぼす影響を論じた生理学者ゲオルグ・ニコライの本の日本語版の序文を依頼するためである。
第一次世界大戦が始まった1914年にアインシュタインはベルリン大学私講師だったニコライらと連名で「ヨーロッパ人に訴える書」を発表したが、ニコライは翌1915年に「人類進化における生物学因子としての戦争」という演題の連続講演を準備していた。講演の直前にニコライは軍医として召集されたが、従軍を拒否してプロシア陸軍の要塞に拘束された。講演の草稿は、支援者によって国外に持ち出され、独仏語で刊行された。山宣が序文を依頼したのは独語版で、山宣はニコライの承諾をもらってすでに和訳を終えていた。この日本語版は京都の内外出版社から刊行されている。山宣とアインシュタインとの対談では、日独両国が平和と自由を取り戻すには知識階級の意識改革が先か(アインシュタイン)、無産階級との連帯が先か(山宣)で意見が分かれた。既存観念が戦争に及ぼす影響というテーマは、のちのラッセル・アインシュタイン宣言にある言葉「一つの集団に対して他の集
団に対するよりも強く訴える言葉を使ってはならない」につながってくる。ここで「一つの集団」は一般に一つの文明を指している。私の父はバンクーバーのハイスクールで山宣と同じクラスだったが、当時現地の新聞でも報道された社会主義者幸徳秋水の大逆事件裁判に抗議する反日運動が米加のキリスト教徒から起ったことを知った山宣は、新聞に論文を連載し、近代科学がキリスト教、
とくにバンクーバーで新渡戸稲造が属していた無教会派に与えた自由思想のインパクトを指摘した。山宣は法学者恒藤恭(敏彦のお父さん)たちと日本で最初の自由大学運動を起こしたが、山宣のいう白色テロの犠牲になった。
4.アインシュタインの京都講演
アインシュタインは京都見物の一日をさいて京都大学で原稿なしの講演をしている。タイトルは哲学者西田幾多郎の注文で「私は如何にして相対論を創ったか」になった。この講演で、アインシュタインがマイケルソン・モーレイの実験に先立って地球とエーテルの相対運動を光学系と熱伝対を使って検出する実験を提案していたことが分かった。西田は、相対論の先駆になったマッハが創造的発想の源泉と考えた「純粋経験」を自身の哲学の出発点にした。純粋経験は、既存観念や文明から開放された自然の直観的・全体的把握を指す。ファラデーの電磁力線も少年時代のアインシュタインが直観した光の相対運動も湯川の素領域も物理学以前であり以後でもある純粋経験の産物だった。
(訂 正)
第146号(2010年10月号)の「レアアース雑感」に誤りが2件ありました。お詫びして訂正します。 (中條利一郎)
1 8ページ左、下から13行目以下: 「Terbiumvagen(aの上にウムラウトがあるのを、文字化け防止のため省略)などと書かれていたのを思い出す。「Vagen」は英語の「way」と同根の言葉である。
2 8ページ右、下から15行目以下: 固有の領土からはレアアースは殆ど産出していない。
(編集 茂木)