私達の教育改革通信

   143  2010/7

 

 

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花と話す 水木鈴子さんの詩

はまなす

            水木鈴子

 葉は虫に食べられ、

 雨風にぶたれながらも泣かないで耐えています。

 

いささかの力みもなく、

 せっせ、せっせと花に栄養を届けます。

 こんな葉に育てられた花は、

 こころを込めて美しい実を結ぶのでしょうね。

 きっと、、、、、、。

 

妄言「新人類への進化のために」

                 海野和三郎

 荘子に「妄言妄聴」という言葉があると聞く。「真実はよく分からない。いい加減に言うからいい加減に聞け」ということらしい。「いい加減に聞け」というのは、「よかったら、勝手に考えろ」という荘子語である。エネルギー・地球環境・人口(食料)問題の交錯で、地球人類の未来が混沌としている。一応の理屈は分かっているが、100年後はどうなるか、人類進化のことは誰にも分からない。そこを何とか考えてみたい。

人類進化のタイムスケールは、10万年乃至100万年のオーダーであったが、昔1年か10年で伝達された情報が最近ではケイタイ電話で1秒で伝わる。サルの目で見ると、100万年かけて進化した人類文明が1000年前には1000年で変化し、50年前には50年で変化するよ

 

うになった、と動物学者の春田俊郎さんが言った。それも凡そ10数年前のことであった。しかし、地球と太陽の関係は、地球や月の創成期とされる46億年前は大変化したが、今は1億年10億年してもあまり変わらない。太陽エネルギーを大気圏外で受ける強度は、太陽光線に垂直な面で受けると1mあたり1.37kW(太陽定数)、大気の吸収散乱により地上では約1kW/m2と覚え易い値となる。太陽が頭の真上にあれば、1キロワットの電熱器を1平方メートルごとに置いて地面を温めていることになる。そうは云っても、夜は日が当たらないし、緯度の高い極地方は夜が長く、昼でも太陽高度が低く日当たりが悪い。そうした生き物にとっての悪条件をカバーするのが、大気と水と土、特に海の働きで、それに生き物自身、特に植物と微生物の働きが加わって何とか生き物にとって理想的な地球環境が出来ている。しかも、それが一朝一夕にできたものでなく、何十億年かけて大地と水と海と植物と微生物等々が築き上げて来たものである。それが、地球環境と生き物の進化であり、ヒトの進化もその小さな一部である。

 地上1気圧の大気の下では、太陽光を垂直に受けて吸収しそれを黒体輻射として放出する温度(熱平衡温度)は確か90℃程度で、水が沸騰して蒸発してしまわず、水が液体の水である温度である。このことが、地球が生き物にとって理想的な環境である第1の要因である。この約90℃という温度は、絶対温度(エネルギー換算には絶対温度が便利)にすると、(1年の日数と同じ)365°と覚えやすい数字となる。次に、ヒト一人を熱機関として考えると、個人差があり、国によっても時代によっても変わるが、平均して、約1kW程度であるという。どういう計算かよく知らないが、36℃程度の体温をそれより15℃ほど低い外気のもとで保ち、それと同程度の仕事を働くと1kWになるということであろうか。そのエネルギー源としての太陽エネルギーは地域差と夜昼を全て平均すると、太陽光が当たる地球断面積は地表全面積の1/4であるから、ヒト一人の1kWは、平均4mの地面に当たる太陽エネルギーということになる。この1kWというエネルギー消費率は、基本的には食物から摂取するが、その食物のもつエネルギーは基本的には(常用対数の小数点以下を四捨五入する計算では)、葉緑素による効率約10%の太陽エネルギー光合成の結果である。この効率は太陽電池などとほぼ同じである。仮に、農耕の適地が約10%、葉緑素が占める面積がその10%、光合成の効率が10%,そのまた10%が食料になるとすると、ヒト一人を養うには、平均、約4万m2の土地を必要とすることになる。しかし、ただ生きているだけならそれでも良いが、脳は身体よりもエネルギーを使うと言うし、誰かの別の視点からの推算では、たしか8ヘクトアール(万m)くらいということであった。地球の表面積は、海陸併せて500億ヘクトアール程度であるから、現在の世界人口60億人はすでに満杯ということになる。化石燃料利用による大規模農業を初めとする機械化文明により、食料増産とともに人口増加が激しく、21世紀の今日では、世界人口が100億人になろうとしている。また、それと共に、エネルギー問題・地球環境問題が100年から10年へと時間尺度を縮めて人類生存の危機を招来するに至った。億年かけて地球が貯めた化石燃料を100年で浪費する100万倍の逆効率は、太陽エネルギーから化石燃料形成の効率が、先ほどの食料生産の効率(1/1万)の1/100としても、太陽エネルギーを効率1で利用することになり、10%の効率で太陽エネルギーを利用する光合成(農業生産)や太陽電池では、エネルギー価格の上で太刀打ちできない。地球の自然が効率よく集めてくれている水力、風力、地熱などの自然エネルギーは、適地に対しては価格の上では化石燃料に充分太刀打ちできるが、増えすぎた地球人口全体のエネルギーをまかなう量はない。エネルギー・地球環境・人口(食料)問題の三重苦は、あと20年か50年放っておくと核戦争による人口減少の道に踏み込む恐れがある。近年、我が国でも、先行きの見えない閉鎖的な世の中を反映して自殺者、自暴自棄の殺人などが増加している。直接的には、経済不況のせいと見られるが、その根元的原因は、いわゆる石油ピークに象徴されるエネルギーの枯渇にあると思われる。人類は、その打開策に取り組まねばならない。その昔、氷河期など長期の気候変動に伴い、人類は農耕を始め衣食住の技術を発明し、言語を中心に社会生活を発達させて、何百万年か掛けて猿人から現代人に進化したと考えられるが、21世紀の今は、進化の時間尺度を数十年に縮めて新しい進化に入らなければならない。

しかし、その具体策に入る前に、エネルギー・地球環境・人口の3要素が相互に強く結合して作り出す複雑系カオスの実態を認識しておく必要がある。また、その前に、複雑系を把握し、記述し、考察するための言葉を吟味する必要がある。問題点は3つあり、第1は、芸術や宗教など言葉以外の表現も多用される分野は、般若心経にいう「色即是空、空即是色、受想行識亦復如是」の理を逆用して、むしろ心や命の世界からの投影としての物理〔色〕の世界に限定して問題にする。第2は、言葉表現の不完全性で、典型的には「私はウソつきです」という表現が正しいとしても、正しくないとしても、矛盾に陥る:ゲーデルの不完全性定理であるが、その裏は、「イエスかノーか」「AかBか」の2性論は複雑系には不適当である、ということである。複雑系を論理的に表現するには、最低3つ以上の要素の非線形相互作用として議論しなければならない。第3は、前にも述べたが、(ケイタイ電話による)情報伝達の時間と言葉表現の変化と人の成長時間とが桁違いにバラバラになることから来る文化混乱の問題がある。この問題は教育問題とも関連して深刻であるが、泣き言ばかり言っていられない。日本はまだ良い方で、初等中等教育から漢字を排除した韓国や極端な簡略体文字にした中国は、何らかの対策を立てる必要があろう。日本でも、制限漢字に振り仮名をつけて復活させることにより、情報機器の急激な発達による教育上のマイナスを、漢字の持つ直感的感覚性を利用して振り仮名付漢字でプラスに転ずるとよい。助詞(てにをは)による語順の融通性とそれによる表現の陰影を長所として利用するにも振り仮名付の漢字復活が必要である。何よりも、上が常用漢字その下が平仮名の熟語は見苦しい限りである。情報機器発達の教育上のマイナスをプラスに転ずることが出来るのは、言葉(論理)の世界が複雑系だからである。

 エネルギーや環境などの実際問題に限っても、地球環境や教育などといった三つ以上の原理が相互作用して作る複雑系はその本質がカオス(混沌)的変動にあることである。混沌というとでたらめの変動と考え人もいるが大間違いで、かなりゆったりした変動ともっと小規模の早い変動とがやや不規則に入り交じった状態のことで、やや長い目で見る見方と短期の変動との関係を誤差評価を入れながら次々と追跡していく必要がある。その際に、当該の世界を測定する座標として、例えば、昔の人は自然を記述するのに地水火風空を、人の一生より長い時間尺度の人倫を記述するのに仁義礼智信といった五行を用いた。複雑系という言葉は経済学に起源するということであるが、確かに物価や景気変動を見ると複雑なカオス変動である。その変動を支配している力学原理は、国により時代により変化はあるが、現代では金融経済と市場経済が主であり、第3のカオス変動を認識し予報する複雑系経済が力を持っていない。それが昨今の経済危機の原因の一つである。経済カオス測定の資料は新聞その他に無数に出ているが、経済カオスを支配している原理が2元論的でカオス変動の(短期)予想のできる複雑系経済が機能していない。経済学者と複雑系変動の数理科学的専門家による政府機関で経済危機の予報とそれに対する対処法を公表すべきである。

しかし、経済学は、金融経済と市場経済との二原理論的で、それらと直交関係とは言えないが他の原理が全く働いていないわけではないので、まだよい。ひどいのは、政治とジャーナリズムで、次元の低い問題点をイェスかノーか、あれかこれかの2性論の議論に終始し、政治混沌と世論混沌の原理論も時間尺度の評価もまるで出来ていない。鳩山前首相は、CO2の25%削減を主張しその具体案も議論せず提示もせぬまま、退陣した。普天間米軍飛行場代替地も以前の案に戻しただけで、具体案の進展もない。地球温暖化を太陽エネルギー工学で食い止める問題は、以前から考えていたことなので、現状の解説をするが、その前に、普天間代替地に関する全くの妄説を書いたことがあるので、以下に紹介する。

沖縄の人達が何を望み、何を望まないか新聞情報以外に何も知らない。ただ、分かっていることは、政治家もジャーナリストもせいぜい二つか三つの世論の代表(?)が主張している意見を、沖縄の人たちすべて同じ意味で考えていると仮定していることである。普天間が沖縄本島の中央を大きく占め、騒音危険居住性など殆どの点で米軍基地として存続することの不適切さは、恐らく、99%の沖縄の人々も殆ど日本中の人々も痛感するところであろう。そうした賛否の比率は、名護市の陸上案と海浜案、海上案とでも、ある程度の違いがあり、且つ、案の内容によってかなりの変動があり得るであろう。しかし、具体案の内容の提示は、これまでに殆どなく、これでは何のために政治があり、新聞があるのか全く分からない。全く素人の地球環境天文学者の私が出鱈目に私案を述べるので、沖縄の方々も是非ベストと考えられる意見を展開して頂きたい。私の考えは、名護市の海上案であるが、沖縄の比類なき太陽と海を活用して、米軍基地としてのマイナスをプラスに転ずる意味で、沖縄の産業を興し、同時に、世界と地球を救う21世紀人類進化の基地としての沖縄を建設する案である。荒唐無稽と笑う人は、もっと良い具体案を提案して貰いたい。

 子供の時、2,3年過ごした思い出の地、日和佐へ最近行き、赤海亀産卵で有名な大浜海岸にある海亀博物館に行った。そこで、耳にしたショッキングなことは、日和佐の人々の熱心な海亀保護にも拘わらず、ここ数年海亀の上陸産卵は、10頭前後かそれ以下で、数十年前の数百頭に比べて10分の1以下に減っていることであった。これが一時的なものであればよいが、海の生命力の低下については他でも聞いたことがあるし、不吉な予感がしてならない。海亀が大浜海岸に上陸産卵しなくなる太平洋はもはや命を育む海、生命に満ちた地球の海と言えなくなるという恐怖を感ずる。教育通信137号に、「竹と大麻」という題で、地球温暖化問題の植物による解決策を書いたことがある。すべて、耳学問であるが、「海の森づくりプロジェクト」として渋谷潜水工業の澁谷正信さんの話を紹介した。「海の農林業には、陸水で運ばれるミネラル特に鉄分が必要であるが、コンクリートで固めた河川や護岸工事で、海藻も碌に生えず、魚の産卵、生育の場所が無くなり、従って、魚群も寄りつかず、不毛の海となってしまう。」「逆に、飛行場のようなコンクリートで固めた大規模工事でも魚礁を同時に併置する配慮をし、鉄分などを散布すると、2,3年で魚の群れが見られるようになる」という。河口を利用した日和佐港も上流から立島の近くまでコンクリートの護岸工事が延びており、山からのミネラルが大浜海岸辺りへ流れる量が少なくなっているかもしれない。立島周辺に鉄分や竹炭あたりを散布し海藻の森林をつくり子亀の餌となるプランクトンや甲殻類を増やせば、数百頭の海亀の産卵が復活するかもしれない。山から鉄分を含む赤土などをトラック1台分桟橋の先端から撒いたり、至る所の山野に自生している竹から竹炭を作って恋人岬から海へばらまいては如何であろうか。沖縄の名護市海上飛行場案の場合は、更に恵まれた環境にある。現在の沖縄の珊瑚礁は酸性アルカリ性の指標となるpHの関係でやや衰微していると聞くが、恵まれた南国の太陽の下、鉄分などのミネラルや山元学校の山元さんが松茸の出る松林の復活に著効ありと推奨する竹炭を散布すれば、沖縄一帯の海が緑豊かな珊瑚礁となるに違いないであろう。米軍航空基地としての名護市海上飛行場案の欠点としては、県外でないことのほかに、経費が余計に掛かることと、テロに弱いことがあるらしい。しかし、沖縄の海が以前に増して豊かになれば、前二者のマイナスをカバーするであろうし、更に、後に述べる沖縄の産業振興策がうまく行けば米軍航空基地の存在が沖縄の人々にプラスになるであろう。海上飛行場はテロに弱いというが、日本特に沖縄ほどテロに強いところは恐らく世界に見当たらないであろう。ただし、この辺の判断は全くの素人考えである。

 最後に、沖縄産業振興の私案であるが、実は、常々、教育通信で述べている「森と海と人の和による太陽エネルギー」装置の製作組立をする手工業が、沖縄の太陽と地理的位置と人の和とが世界に向けての産業として適当であると思うのである。まだ、実用に向けての実験段階で大きなことは言えないが、世界がエネルギー・地球環境・人口(食料)問題で行きづまっているとき、沖縄の人達が救いの手を差し出す光景が想像されてならない。憲法九条が一応定着している時代に、米軍基地が盤踞していることへの沖縄の人達の気持ちが県外案に傾くことは自然の成り行きであるが、国家という政治的経済的文化的歴史的複雑系を安定に維持するための日米安保条約の結果が米軍基地であり、これを維持するにも改変するにも複雑系の条件では必然的にプラスとマイナスが伴う。そのプラスを最大にし、マイナスとの差を最大にする知恵が不可欠であり、その判断には当然個人差が伴うが、地球と人類の命運がほぼ見えて来るであろう30年先の未来の人になったつもりで判断すべきである。上記の私案がその際の参考になれば幸いである。

 CO2削減の具体策を書く予定であったが、「正論」2010/6、地球温暖化のウソ、エセ科学に踊らされる日本は「沈没」寸前(武田邦彦)という一文がは入ってしまった。この著者は何故夜間地表温度が宇宙空間の温度にならないかの理解はあるようだが、10ミクロン程度の超遠赤外で不飽和の吸収線を持つガスは、今のところ、CO2であることを理解していない。地表は超多次元の複雑系である。複雑系の熱力学は少なくとも3要素以上の非線形機構の結合を論じなければならない。しかし、予定の紙数が尽きたのでその説明は次回に回したい。

 

(私信より)        平井孝志

‘空蝉の吹きとばされず、石(いわ)の上’という心境で頑張っています。

政治・経済共々に理屈のキャッチボールのようなことで、実際に中小企業の苦しみや借金のむづかしさ、貨幣価値を実感しないで政策を論ずる人々が多いので、アメリカの下僕のような戦略を是としているようなところがあって、いらいらです。米の中央銀行戦略は七行合一的行動で示し合わせてやってをり一行だけが、先般、二兆ドルの札を刷って発行、少し元気を取り戻した、という実態に、日本の評論家も盲目でした。維新時の政府マネーの活用を唱えて久しいですが、・・・何とかしたいですね。

 

「信州寮歌祭」      宮地良彦

(松本平タウン情報6/8より転載)

白線帽,釣鐘マントに朴歯の下駄。そんな見かけの形に憧れて入学した旧制高等学校は、それまで考えたこともない新しい世界であった。「辞書なんか引いているようじゃ問題にならない」という英語教授。アルファベットの読み方を教えたその時間から、デル、デス、デム、デンの文法を始めるドイツ語教授、教科書は一度も開かぬままメービウスの帯とクラインの壺の講義を続けで1ヶ月、「みんなもう、教科書は読んだだろうで、明日は試験をするだわね」とのたまう数学教授。一年間硫酸の講義だけに終始した化学の教授。

 現在の教育では想像もできないこんな破天荒な旧制高校の授業を通じて、学問の配電盤からの電流は流れ、知的世界の光は生徒の乾板に感光した。学校教育は授業だけにあるのではない。24時間起居を共にする寮生活から自己批判と人間形成の思索の哲学を学び、日曜以外には休みのない運動部の練習から黙々と耐える不屈の精神力を培った3年の青春。

 坦々と流れ去る無数の時間の中に、星のように光を放って輝く劇的で緊密な時間がある。作家シュテファン・ツワイグはそれを星の時間と呼んだ。信州寮歌祭に集う老童にとって、旧制高等学校はまさに人生の星の時間であったに違いない。友の憂いに我は泣き、わが喜びに君は舞う。老いたる若人たちが高唱するのは、こういった星の時間の思い出を秘めた数々の寮歌である。25回を迎える信州寮歌祭は今年で幕を閉じることになっているが、県の森のキャンパスには松本高等学校の講堂・校舎と青春の碑が残る。旧制高等学校の魂は永遠に不滅である。

 

企業経営の倫理:  (選訳) 海野光三郎

ピーターFドラッカーのことば(前号から続く)

5.マーケッテイングを組織の中核にせよ

・販売とマーケッテイングは逆である。同じ意味でないことは勿論、補い合う部分さえない。マーケットテイングの理想は販売を不要にすることである。」

・企業の第一の機能としてのマーケッテイングがあまりに多くの企業の第一の機能として行われていない。言葉だけに終わっている。消費者運動がこのことを示している。消費者運動が企業に要求しているものがマーケッテイングである。」:        『マネージメント』

6.成果を上げるには人の強みを引き出す

・「私は成果を上げる人のタイプなどと言うものは存在しないと言うことにかなり前に気づいた。私が知っている成果を上げる人は気質と能力、行動と方法、性格と知識と関心など、あらゆることにおいて千差万別だった。共通点は為すべきことを為す能力だった。  『経営者の条件』

・「最高のキャリヤはあらかじめ計画して手に出来るものではない。自らの強み、仕事の仕方、価値観を知り、機会を掴む用意をしたものだけが手に出来る。」

『明日を支配するもの』

・自らの成長のためには自らに適した組織において自らに適した仕事につかなければならない。そこで問題になるのは自らの得るべきところはどこかである。自らがベストを尽くせるのはいかなる環境かを知らなければならない。」

・「大きな組織にいるほうが仕事が来るか、小さな組織にいるほうが出来るかは人それぞれである。気質や個性は訓練によって容易に変えられるものではないだけに明確に理解しておくことが必要だ。」                   

『非営利組織の経営』

・「人類の歴史において、殆どの人たちにとっては自らの強みを知ったところで意味がなかった。生まれながらにして地位も仕事も決まっていた。農民の子は農民となり、職人の子は職人となった。ところが今日では選択の自由がある。したがって自らの適所がどこであるかを知るために自らの強みを知ることが必要になっている。」

・「何事かを成し遂げるのは強みゆえである。」

   『P・F・ドラッカー経営論』

・「仕事の仕方としては人と組むほうが良いのか、一人のほうが良いのか、大きな組織で働くほうが仕事が出来るのか、小さな組織のほうが出来るのか、意志決定者と補佐役のどちらで成果を上げられるのかをも知らなければならない。     『プロフェッショナルの条件』

・「新しい任務で成功する上で必要なのは、卓越した知識や卓越した才能ではない。それは新しい任務が要求するもの、つまり新しい課題において重要なことに集中することである。」

・「自らの強みを知り、得意とする仕事の仕方を知り、自らにとって価値のあるものを知ればよい。」                                           

          『プロフェッショナルの原点』

・「安易に成功しそうなものを選ぶようでは大きな成果は上げられない。膨大な注釈のまりは生み出せるだろうが、自らの名を冠した法則や思想を生み出すことは出来ない。大きな業績を上げるものは機会を中心に優先順位を決め、他の要素は決定要因ではなく、制約要因に過ぎないと見る。」

・「成果を上げるには、自らの果たすべき貢献を考えなければならない。手元の仕事から顔を上げ目標に目を向ける。組織の成果に影響を与える貢献は何かを問う。」

『経営者の条件』                                                                       

7 知識が行動の基盤である

・「知識とは行動の基盤となるべきものである。人や組織をして何らかの成果をもたらす行動を可能にするものである。何かを、或いは誰かを変えるものである。」

・「現代社会の動力源としての知識は仕事に使われてはじめて意味を持つ。」

・「選択肢を前にした若者が答えを出すべき問題は、正確には、何をしたら良いかではなく、自分を使って何をしたいかである。この問いは就職上の選択の問題に見えながら、実は自らの実存にかかわる問題である。」『断絶の時代』

8 知識労働の生産性を向上させる

・「知識労働者の動機付けに必要なものは成果である。」       『断絶の時代』

・「成果を上げるものにとっては自己啓発が人格形成につながる。」           『経営者の条件』

・「組織は優秀な人材を手に入れるから成果を上げるのではない。組織は、文化と風土によって自己啓発を動機付けるから優秀な人を育てる。しかもかかる組織の文化と風土は、一人ひとりの人間が自ら成果を上げるべく、目的意識を持って体系的にかつ焦点を絞って自己訓練に努めるからこそ生まれる。」          『経営者の条件』

・「知識労働の生産性の向上を図る上で問うべきは、何が目的か、何を表現しようとしているか、なぜ行うかである。」        『プロフェッショナルの条件』

・「知識労働の生産性を向上させるための条件は大きなものだけで六つある。仕事の目的を考える働くもの自身が生産性に責任を負う継続してイノベーションを行う継続して学び、人に教える知識労働は量より質の問題であることを認識する。知識労働者は組織にとってコストでなく資本であることを理解する。」

・「知識労働の生産性向上のために最初に行うことは、行うべき仕事の内容を明らかにしその仕事に集中し他のことは可能な限り行わないことである。そのためには知識労働者自身が、仕事が何であり何でなければならないかを知らなければならない。  『明日を支配するもの』

9 ミッション(使命感)で組織を動かす

・「ミッションは行動本位たるべきものである。さもなければ単なる意図になる。ミッションとは、組織に働くもの全員が自らの貢献を知りうるようにするものでなければならない。」          『非営利組織の経営』

10 マネージメントで組織を動かす

・「マネージメントに出来なければならないことは、学ぶことが出来る。しかし学ぶことの出来ない資質、後天的に獲得できない資質、はじめから身につけていなければならない資質が一つある。才能ではない。真摯さである。」

                『マネージメント』

・「マネージメントとは人が共同して成果を上げることを可能とし強みを発揮させ、弱みを無意味なものにすることである。」              『新しい現実』

・「マネージメントのリーダーシップなくしては、生産資源は資源に止まり生産はなされない。彼等の能力と仕事ぶりが事業の存続を左右する。マネージメントこそ企業がもちうる唯一の意味ある強みである。」  『現代の経営』

・リーダーシップとは人を惹きつけることではない。そのようなものは扇情的資質に過ぎない。人に影響を与えることもできない。そのようなものは扇情的資質に過ぎない。」

・「意味のあるリーダーシップとは、組織の使命を考え抜き、それを目に見える形で確立することである。リーダーとは、目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持するものである。」

・「リーダーシップとは人の視線を高め、成果の基準を上げ、通常の制約を越えさせるものである。」

・「企業の経営幹部は、自らの言動によって自らの企業を動かし、自らの企業によって自らの言動を動かされる。ところが彼等は、あたかも修道院にいるかのように隔離され孤絶した状態にある。」       『企業とは何か』

・「真のリーダーは、カリスマ性なるいかがわしいものとは無縁である。彼等は勤勉さと献身によってリーダーとなる。権力を集中させずにチームを作り、真摯さによってリーダーとなる。」            『傍観者の時代』

・「リーダーシップとは、神秘的なものではない。平凡で退屈なものであるその真髄は行動にある。」  『未来企業』

(以下、次号へ続く)

 

 

国家財政と世界経済の破綻   菅野礼司

 グローバル化によって、世界の政治・経済や文化の繋がりは緊密化し、人類社会は平均化され統一化が進むはずであるが、現実は逆で地域格差や貧富格差がますます拡がっている。

  近年、世界的金融恐慌や経済危機が立て続けに起こっている。アメリカのサブプライムローンに端を発して、リーマンショック、原油価格の乱高下、ドバイ経済危機、ギリシアに始まるユーロ圏の危機など、今後何が起こるか分からない程、不安定な情勢である。グローバル化の時代には一国の経済危機は全世界を揺るがす。

 一方では飢えと生活苦に喘いでいるのに、他方では金余り現象で投機資金が世界経済を掻き回している。人類社会はいろんな面で極度の二極化が進み、多くの矛盾が蓄積される一方である。

 急激な金融危機の裏に慢性的経済危機が世界を覆いつつある。それは国家経済の破綻のおそれである。アメリカを筆頭に、ほとんどの先進国は累積する赤字財政に悩んでいる。国家ばかりでなく地方自治体も同様な傾向にある。その国家財政の赤字(穴埋めの赤字国債)は増える一方で、急速な景気回復でもない限り減少する見込みはほとんどない。

 文明が進むに従い人類社会の仕組みがどんどん複雑になり、国家の機能・役割も多様化し肥大化した。科学・技術の進歩はそれに拍車を掛けてきた。今や平均的な日常生活に必要な設備や品物は非常に多くなり、家庭の出費は昔に較べて多大であることからもわかるように、それと同じく国家の財政も莫大な額に膨らんだ。軍事費、公共施設、社会福祉、医療保険費などなど、種類も金額もどんどん増えてきたし今後も増大するばかりであろう。そのジレンマを脱するためにと「小さな政府」を目指して、規制緩和と民営化の構造改革を推し進めたのがアメリカの市場原理優先を真似た小泉内閣であった。その結果が貧富の格差拡大、矛盾の拡大であった。

 経済不況の時代には支出は増えるが、増税はできない。増税して景気を回復するとの説もあるが果たして可能なのだろうか。この状態がいつまで許されるのか。日本の赤字国債は国内で消化されていて、外国金融に依存してないからまだ大丈夫だとの説もあるが、ものには限度がある。「量的変化による質の転化」の法則がある。国家の財政破綻はどのようなときに起こるのだろうか。敗戦のとき、莫大な軍事費の赤字で日本が財政破綻したときのことは覚えている。債券も札もすべて紙切れになり、国民はみな路頭に迷った。

 今の状況が続けば、遠くない時期に経済的に破綻する国が続出するのではなかろうか。日本はその先頭を走っているように見える。グローバル化された世界では、どの国も似たような状態にあるから、一つ倒れるとドミノ式に波及して世界経済は破綻するだろう。

  人類は環境破壊食料・資源不足、国家と世界経済の破綻などにより、次々に生存の危機に直面している。これらの問題に共通している原因は、資本主義社会とその下での無規制な市場原理であるように思われる。それともう一つ、議会制民主主義がマンネリ化してまともに機能しなくなったところにあるのではないか。政治家・議員は当選するために選挙民の顔色を気にし、集票を最優先するから思い切った政策を打ち出せずにずるずると現状に追従している。また、選挙に首長や議員にタレントが有利であることも議会制民主主義が形骸化されていることを示している。これは選ぶ方、選挙民の問題である。(選挙に限らず、すべての面でテレビタレント、マスコミに騒がれる者が異常に幅をきかす時代である。)

今のこの危機から脱するにはどうすべきかを、世界中の国を挙げて真摯に議論すべきである。それには強い政治的リーダーシップと新たな経済理論の構築が必要であろう。政治・経済の仕組みが複雑化し、グローバル化時代には、この危機を救う政治・経済の新理論を築くことは非常に難しいであろうが、そのような理論(完全なものはないが)は存在するはずである。諦めず世界の社会科学者たちの研究に期待したい。

もうゆっくり構えている余裕はない。社会の活動量とテンポは累進的に加速されている。したがって、昔の百年に一度の危機は、現代では十年に一度、いや数年の一度の頻度で起こっているからである。

 政治・経済の社会制度を根本的に改革しなければ、これらの危機を脱することは不可能であろう。しかし、今度の参議院選挙はで多くの政党は世論の支持率を気にしつつ、お互いの揚げ足を取り合うことに熱心である。

 

 イネ科植物に形成された

  プラントオパールから古代が見える

     大越昌子 (筑波大学大学院農学研究科)     

 ススキやイネの葉に手が触れたとき、カミソリの刃で切られたような、痛い経験をしたことはないでしょうか。こ

れらの葉は薄く、しかも硬く、とげ状の毛が葉の縁に密集

していることが特徴です。なぜ、これらの葉が硬いかといいますと、ガラス質の珪酸(SiO2)が葉に多量に集積しているためなのです。

 ススキとイネは同じ仲間で、イネ科植物に属します。イネ科植物は、水分とともに珪酸を根から積極的に吸収していますので、体内の珪酸含量が高いことはよく知られています。特に、葉に珪酸含量が高いのは、水が植物体内を上昇して葉に達した後、その大部分は葉の表面からの蒸発によって失われますので、この部位で珪酸が濃縮されて、集積したことを示しています。

 「珪酸が葉のどの部分に集積しているのか」、について調べる前に、イネ科植物の葉の構造について知っておく必必要があります。イネの葉を光学顕微鏡で観察すると、その表面にはいろいろな形をした細胞(亜鈴形の短細胞、気体の出入する気孔、とげ状の剛毛など)が規則的に配列しています。さらに葉の横断面を観察すると葉は一層からなる表皮に覆われ、内部はいろいろな形をした細胞(デンプンを合成する葉肉細胞、水や養分を通す維管束、細胞壁の発達した厚壁繊維細胞)が見られます。

 多くの植物は、燃えると細かな白い灰になり、元の繊維組織は見られなくなってしまいます。ところが、イネ科植物は、高温で焼かれた後でも、葉の姿を維持した遺骸が残ります。生葉と遺骸(灰像)の表面を走査型顕微鏡で観察すると、遺骸に見られる1つ1つの表皮細胞が、生葉と同じような形状を維持していることに驚かされます。葉の内細組織の大部分は失われてしまいますが、葉の表皮細胞の外枠が残っているのです。

 因みに、表皮組織の遺骸に塩酸や硫酸、フッ化水素を反応させると、遺骸はフッ化水素に反応して溶け出します。フッ化水素は、珪酸と反応してこれを腐食させる性質がありますので、表皮組織に多量の珪酸が含まれていることがわかります。

 さらに、珪酸が細胞のどの部位に分布しているかを確かめるために、メチルレッドのような染色液で染色してみます。赤色のメチルレッドは珪酸と結合しますので、イネの葉の横断切片を染色してみると、赤く染まった部位、すなわち表皮細胞の細胞壁、その直下に分布する厚壁細胞の細胞壁に珪酸が多量に含まれていることがわかります。

 表皮組織の中に、細胞壁だけではなく、細胞内部(細

胞質)まで珪酸が充填している細胞が見られます。この細胞は、珪酸細胞(珪酸が充填している細胞という意味)、あるいは短細胞(短い細胞としいう意味で、表皮細胞の多くは長細胞です)などと呼ばれています。ですから、珪酸細胞は細胞壁と細胞質が珪酸で埋まり、一個の珪酸の塊、すなわち珪酸体を形成しています。イネ科植物の葉が成熟していくと、表皮細胞の細胞質にも珪酸が充填していき、葉は薄いガラス板のように変化していきます。

 ところで、イネ科植物が枯死した後はどうなるのでしょうか。枯死すると、有機物は分解・消失してしまいますが、珪酸体は土壌中に永く残存します。かつて、土壌学者が土壌中にある、化学的・物理的に性質が宝石のオパールとよく似ている粒子(珪酸体)を見つけ、植物に由来するという意味で、プラントオパール名付けました。

 イネ科植物の他に、カヤツリグサ科植物やシダ植物なども珪酸体を形成します。珪酸体は植物種固有の形態を有していますので、遺跡の発掘調査におけるプラントオパールの分析結果と、現生の植物の珪酸体との比較によって、古代の水田や畑で栽培されていた作物、住居内に設置された炉や竈で燃やされた植物、さらには古代の植生までを推定することができるのです。

 次に、プラントオパール分析の一例を紹介します。東京都北区中里遺跡(縄文時代から近世・近

代)のプラントオパール分析結果ですが、考古や地質調査の結果から、中里付近は縄文時代前期(約6000-5000年前)には海水が進入し、海岸にわずかな植生が見られました。 縄文時代後期・晩期(約40002300年前)になると海は後退し、低湿地になったことがわかりました。湿地への変化は、湿地に生えるヨシ属やススキ属のプラントオパーール出現と増加から判断できます。

 古墳時代に入るとヨシ属は大きく減少し、代わってイネ属が出現してきます。それは、湿地を開墾して稲の栽培が始まったことを示しています。それを裏付けるように、古墳時代以降の地層からは用水路と思われる溝址が発見されています。

 時代が進み、近世・近代になるとイネ属の出現率がさらに高くなり、水田面積が拡大していったことを示しています。このように、プランントオパールの分析によって、古代の自然の移り変わりや人間の暮らしも見えてくるのです。

            編集 海野