私達の教育改革通信
第 135号 2009/11
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先事館制作室:進士多佳子〒106−0032港区六本木7-3-8ヒルプラザ910
発行人:西村秀美,先事館箕面 〒562-0023箕面市粟生間谷西3-15-12
お願い:教育通信はオープンメデイアに移行します。A(購読)会員、運営に参画されるB(協力)会員及びC(編集)会員になる方を歓迎します。B会員には自己負担でコピーと友人への配布、C会員にはそれに加えて編集を輪番でお願いします。私達の教育通信が今後どう発展するか、この皆で育てる新方式がよい日本文化に成長することが望まれます。
編集::先事館吉祥寺 海野和三郎180-0003武蔵野吉祥寺南4-15-12;
先事館狭山、菅野礼司 〒589-0022 大阪狭山市西山台1−24−5;
先事館近大理工総研 湯浅学・川東龍夫〒577-8502東大阪市小若江
先事館京都教育大 岡本正志〒612-8582京都市伏見区深草藤森町1
先事館聖徳大学 茂木和行 165-0035 中野区白鷺2-13-
21世紀、「龍馬」役をみんなで
海野和三郎
「ことば」と「複雑系」と「時間」との3者間の混沌が地球規模で収拾がつかなくなり、人類は新しい進化に突入せざるを得ない時代になりました。人類進化は少数の英雄や聖人君子の成し得ることではなく、21世紀のように、多数のヒトが人類の未来に不安を抱き、「いのち」の伝承を決意して立ち上がって起きると考えられます。幕末の混迷期に一介の武人に過ぎない龍馬が国のために為した役目を、今の時代には、私たちの誰もが人類全体のためにできるわけです。「危機は好機」とマタイス神父さんに聞きましたが、人類絶滅の大危機は人類進化の大好機のわけで、誰もが自分の得意とするやり方で「龍馬」を実行することができる、それほどの大危機に21世紀があることがこの10年ほどの間に明らかになってきました。「ことば」と「複雑系」と「時間」との3者間の混沌と上に述べましたが、例えば、「ことば」については、昔は何年何十年と掛かって伝わった情報が今は1秒で伝わる時代になりました。しかし、内容的には、ゲーデルの「述語論理の不完全性」で典型的に証明されたように、「ことば」はすべて論理としては不完全で、むしろ、「ことば」の特徴は多意性にあります。俳句や和歌の苦吟による推敲や「色即是空、空即是色」の「空」の論理は、1秒では伝わらず、政治家やジャーナリストはイエスかノーかの2元論の議論に終始し、原理主義者はモーゼの十戒のようなパラドックス表現を理解せず、自爆テロに走ることになる。以上は、「ことば」と「時間」のカオスを「ことば」の面から例として述べたに過ぎませんが、同様な議論は10年ほど前に完成した「フェルマーの最終定理」や「すばる望遠鏡」などで分かってきた宇宙の
姿や、それと関係する昨年末のノーベル物理学賞研究などとも関連して問題となっています。しかし、それらについては別稿で議論します。
東京自由大学は、大学とは名ばかりの、財政基盤もないNPO法人ですが、21世紀人類の進化にいくらかでも貢献するために、21世紀人類進化論研究会、「龍馬会」を結成し、同じ志を持った方々にも参加して頂くことを決意いたしました。神田紺屋町の場所(地図)と会の予定については、インターネットで検索して頂ければ幸いです。皆様方のご支援ご協力をお願いします。
21世紀人類進化の希望 進士多佳子
NPO東京自由大学では、かねてより、森と海と人と3者の知恵の立体的結合で、化石燃料より格段に安く電力を得る太陽エネルギー工法の開発を進めていますが、私どもの「知恵の継承研究所」も東京自由大学と協力して、新時代への希望を開拓し公報活動に結びつけたいと考えています。「21世紀人類進化研究会」俗称「龍馬会」を計画、一介の武人坂本龍馬が幕末の日本の進路を開いたように、小さなNPOが人類進化の役に立つことを念願しています。
CNNのサイトに「マラウイの少年、独学で風力発電に成功 7年かけ」のタイトルで、「干ばつに苦しむ東アフリカ・マラウイの貧しいむらでは、何もかもが不足していた。赤土の大地はひび割れ、作物の枯れた畑をただ風だけが吹き抜ける。この風を使って、村に電気を起こせば・・。そう思い立った少年が、たった1人で作業に取り掛かった。それから7年、村では少年の作った風車5台が回り、電動ポンプが水を送り出している。・・・」私たちもウイリアム君に負けてはいられません。
21世紀人類進化論(2) 海野和三郎
朝倉書店「エネルギーの事典」とか云った本に、「文明」とはエネルギー利用の「形式」と云っても過言ではないと、書いた気がする。年のせいで詳しいことは忘れてしまったが、老子の「3から万物」を引用して、3つ以上の異なる次元間の相互作用が「混沌」即ち新しい「文明」(複雑系)の起源である、と主張した。21世紀人類進化論(1)では、「エネルギー・地球環境・食料(人口)問題」の3者の結合した混沌が、21世紀人類進化の直接の要因であることを述べた。「適者生存」はダーウィンの進化論の結論であるが、生命という「複雑系」に於いては、原因と結果は相補的であることに注目したい。人類は「ことば」を第一の手段として、猿人から何百万年の進化を遂げてきた。「ことば」以外の手段も色々あるが、「ことば」との組み合わせが種を特徴づけた進化の手段であった。何百万年といっても、10億年の「いのち」の歴史からするとほんの一瞬にすぎないが、それでも、地球生命を代表するような種となったのは「ことば」による情報伝達の利点によるものと考えてよいであろう。ところが、21世紀になり、一つには、地球環境のような複雑系の「ことば」による情報伝達や「生き方」の姿勢が、大別して、3つの理由によって問題が生じてきて、「人類の新たな進化」とでもいうべき時代になってきたように思われる。
支離滅裂な議論で恐縮だが、3つの理由とは「ことば」の不完全性、「いのち」と「時間」の非対称性で、この3者が根元的に絡み合った宇宙地球人類の進化であり、それが知れたのが21世紀で、それを自覚するのが今の人類の「進化」ではないかというわけである。
「ことば」には、その不完全性と多義性と伝達時間との3つの問題がある。ゲーデルが示したように、「私は嘘つきです」という命題は否定しても肯定しても矛盾に陥る、という否定形の証明は単純明快であるが、むしろ、荘子の「魚のたのしみ」や老子の「3から万物」といった「混沌」即ち複雑系の解釈に肯定形で適用して、まず新しい事態の理解に3つの要素を考えるのが建設的である。ただし、心の徳目や自然現象のように、人の1世代30年より長いことの記述には、仁義礼智信や地水火風空の五行などが適当であろう。ところが、昔何年も掛かって伝わった情報がケイタイで1秒で届く時代では、CO225%削減などという問題が最低3つの側面からの複雑系の議論なしに、イエスかノウかだけの反応でジャーナリズムも国会も片付けている。これでは日本も進化しない。
3の非対称性がカオス混沌の複雑系を生むことは、以前から天体力学の3体問題で知られていたが、10年ほど前「フェルマーの最終定理」が330年ぶりとかに完全に証明されたとのニュースが伝えられた。谷山豊・志村五郎といった何人かの日本の数学者の寄与も大きいとのことであった。定理は、ap+bp=cpとなる整数(a,b,c)のセットはpが3以上の整数については存在しない、という極めて分かりやすい定理なので、東海大大学院生の村岡真澄君と、複雑系記述形式の典型であるフラクタルの概念を使って整理してみたら、中学・高校生が理解できる簡単な証明があることが分かった。(a,b,c)3数の非対称性が根本の原因である。もう一つ、昨年末のノーベル物理学賞南部・小林・益川による6個3世代のクオークの非対称の話が耳新しい。宇宙が物質・反物質非対称になり、重力を生じ、膨張宇宙になった原因は、自発的対称性の破れであるという。ここにも3世代のクオークが要となっており、フェルマーの大定理と無関係ではなさそうである。更に付け加えるならば、「すばる望遠鏡」などの活躍で最近分かってきたことは、宇宙に存在する物質は、我々の知っている水素・ヘリウム・炭素・酸素・窒素・鉄などの物質よりも遙かに多量の「見えない物質」があり、更にそれ以上の「見えないエネルギーが」あってそれが宇宙を限りなく膨張させているとのことである。3世代のクオークの話と「ダーク・エネルギー」の話とはどう繋がっているのか詳しいことは知らないが、ここで気になることは、「時間」の概念がどうなっているかである。教育通信134号に、中条利一郎「中島敦の「文字禍」に思う」に、「アト秒(10−18sec)化学」の話があり、エネルギーと時間との積がプランク定数をはさんでの不確定性が問題ではないかという議論であった。この10年間に、「宇宙」と「時間」との間にミクロの「物理」をはさんで、新たな展開が必要になってきたようである。
また、それと並行して「いのち」とは何かである。「時間」も「いのち」も、誰もがよく知っていて、使っているが、非対称の方向性をもっている以外は、誰も明確な定義を知らない。さらに、それらを記述し、人類進化を先導してきた「ことば」は、今や、述語論理に見られる不完全性の他に、情報伝達「時間」の加速度的短縮と「ことば」の多意性の問題がある。サルの目から見ると、10万年の社会の変容とここ数10年の変化とほぼ同程度であろう、というのが、動物学者の春田俊郎さんの意見(続自然界99の謎)であったが、情報伝達時間は100年が1秒に縮まってしまった。これは、複雑系である人類進化にとってプラスでもあり、マイナスでもある。また、「ことば」の多意性は特に日本語において顕著で、これも曖昧さの上でマイナスでもあるがプラスでもある。
雑談になるが、最近面白い経験をした。松本高等学校剣友会の会長、「峠の落とし文」なる感動の随筆もある元裁判官樋口正博先生が百歳で亡くなられ、剣友会も終会にする議論が行われた時のことである。松高思誠寮寮歌「春寂寥」の各章末尾にある、「あーわれ(かなし、さびし、さむし、ゆかし)・・・」が、「ああ、われかなし・・」
か「あわれ、かなし・・・」かで、寮生活も長く校友会の重鎮であった小沢行雄、荻野良祐(二人とも先年亡くなられた)の両名が論争して決着がつかなかった話を聞いた。両方とも正解であり、また、どちらとも言えない寮生全体の青春の「こころ」でもあるとも考えられる。各人が各様に理解して差し支えないし、その方が一層味がある。同じことは、俳句や和歌の推敲についても起こり、それが日本文学の特徴でもある。従って、「色即是空 空即是色」「受想行識 亦復如是」は、説明されれば子供でも理解し、私も十歳の時に憶えて常識となった。1,2年ほど前、タイだったかビルマだったかの高僧が来て、東京自由大学で話をされた時、般若心経について質問したら、「色即是空」はブッダの教えだが、「空即是色」は違うとのお答えがあり、小乗と大乗との違いが分かった気がした。日本語の曖昧さは使い慣れればとても役に立つ。それを21世紀人類の進化に役立たせることも出来るだろう。インドへ学会で行った時、特に「日本語」の効用とは云われなかったが、日本人の漠然とした善意と理解力とが高く評価されることを指摘されて、驚いたことがある。
ヘレン・ケラー女史が、全ての人に生きる勇気をあたえるという偉大な業績をあげたかの第一の理由は、彼女が三重苦の身体障害者であったためである。彼女を支えたサリヴァン女史も聞くところによると、平凡な女性であったという。日本人の短所を長所にして我々も何かできるに違いない。土地も狭く、資源も少なく、その割に人口も多い日本の特徴を活かして、地球環境天文学をやっていて、21世紀人類進化にどういう貢献が出来るだろうか。
21世紀、人類の進化は、エネルギー・地球環境・食料(人口)問題の織りなす複雑系の中で、新天地を開拓しなければならない。森と海とヒトの知恵の共同作業もその有力な手段の一つである。家庭規模で考えると、一辺50cm程度の正方形又は直角三角形などの平面鏡を20枚程度張り合わせて、全体として近似的な球面鏡を為すような非結像約20倍集光鏡を極軸の回りに1日半回転するシーロスタット方式で、太陽光を固定のソーラーポンド内に水星環境をつくり、水冷式の太陽光発電パネルをその中に置くと小面積のパネルでも10倍以上の効率で発電する。発電に使われなかった8割以上の余熱は冷却水の対流で上部に置かれた対流防止のポーラス・ソーラーポンドへ送られ、そこで短時間で沸騰水をつくり、蒸気タービンを廻して発電すれば、太陽光発電パネルと合わせて3kW程度の発電は充分可能である。制作費はおそらく20万円程度であろうから、10年使用すれば火力発電の何分の1かの費用で、使う場所で作る電力が得られるであろう。夜間と悪天候に発電出来ないが、場所を選ばず、送電設備を必要としない長所がある。
前にも述べたが、森は光合成に用いなかったエネルギーを打ち水の原理で水蒸気に代え、大気の対流を促進し、風を起こしてCO2を葉緑素に運ぶ効率を20倍にもして光合成の効率を高める。超ノーベル賞研究、矢吹効果(矢吹万寿:風と光合成、農文協)である。また、海は、塩度と温度の二重拡散対流不安定性(塩の指不安定性)を何億年も使って、深層ほど塩度を高くし、それによって夜間や冬季、外気や上層が冷えても、深層で吸収された太陽エネルギーが対流で逃げない仕組みになっている。これは、北欧の塩田地帯で水たまりが太陽エネルギーで熱水となったソーラーポンド効果で、イスラエルでは、発電に用いた。塩を使わなくとも、2mm程度以下の隙間では、粘性の小さい水でも、対流を起こさず、保温の良い海野・多賀式ポーラス・ソーラーポンドを作ることが出来る。海と森と人の知の結合が地球環境を利用した進化の手段として適当であろう。
「山尾三省」アニミズムという銀河へ
鎌田東二ほか
『三省祭り「アニミズム」という銀河へ』が、10月31日、11月1日に、神田明神資料館(とことん語る・山尾三省)、東京自由大学(とことん浸る・café SANSEI)で行われ盛会であった。(東京自由大学ニュースレター参照)以下に、山尾三省アニミズム詩を幾つか紹介する。
一日暮らし 山尾三省
海に行って 海の久遠を眺め
お弁当を 食べる
少しの貝と 少しのノリを採り
薪にする流木を拾い集めて 一日を暮らす
山に行って 山の静かさに浸り
お弁当を 食べる
ツワブキの新芽と 少しのヨモギ
薪にする枯木を拾い集めて 一日を暮らす
一生を暮らす のではない ただ一日一日
一日一日と 暮らしてゆくのだ
栗の実 山尾三省
栗の実が 落ちはじめた
子供達が まず最初にそのことに気づき
さそわれて 親もそれを拾いに行く
栗の木から 栗の実が落ちてくることは
なんと豊かなことだろう
なんとうれしい ことだろう
それは 縄文人の豊かさに帰ること
縄文人の喜びをそのまま享けること
いのちの原初の恵みに帰ることである
いのち ただのいのち 素朴のままの いのちよ
栗の実が 落ちはじめた
子供達が まず最初にそのことに気づき
さそわれて 大人もそれを拾いに行く
山尾三省さんは、神田の生まれではあるが、屋久杉に魅せられ屋久島をまもり、農と詩作の縄文的アニミズムに生きた人であった。
蟻一匹 山尾三省
森羅万象が 真実であるということは
蟻一匹が 真実であるということである
たまには 人間の殻をふり棄て
蟻一匹となって おごそかに 静かに
この無限の野山を 歩いてみようではないか
山 人を見る 山尾三省
人 山を見る 山 人を見る と
足柄山に住む 和田重正先生はいわれた
深く そのとおりである
田舎には 田舎の静かな光がある
権力を望まず
経済力を望まず 知力さえも望まず
ただいのちのままに 日々しっかりと努力によって
暮らしている人達の 静かな光がある
人 海を見る 海 人を見る
人 川を聴く 川 人を聴く
そして満月の夜には
人は深々と満月を眺め 満月もまた深々と人を眺める
田舎には
これからの千年も変らない 田舎の光がある
海へむけて 山尾三省
海へむけて 般若心経を 唱える
般若心経とは わたし達には 実体がなく
わたし達とは 海であり その波の音であり
その永劫であるという 喜ばしいお知恵のことである
海へむけて
海よりも青い ヒナギキョウの花咲く砂丘に座り
その智慧のことばを ゆっくりと唱える
森のアニミズム 海野和三郎
暑い夏の日、森の木々は
水を地面から 汲みあげては 大気に撒いた
水蒸気を 大気中に 蒸発させた
小さな椿の若木も千年のブナの大木も
みんなが それに協力した
すると、どうだろう
水蒸気を含んだ大気は 対流し 風をおこした
森の中を風が吹き抜けると
虫も、リスも、狐や猿も、元気になった
二酸化炭素が風にのって運ばれ
矢吹(万寿)効果で 光合成が20倍も進んだ
虫も、リスも、狐や猿も、みんな元気になった
地球46億年
太陽光が強くなりすぎると
森が二酸化炭素を減らして 地球を涼しくし
虫も、リスも、狐や猿も、人も、元気になった
海のアニミズム 海野和三郎
地球環境を 護っている 海のアニミズム
小さな「塩の指」から それは始まった
暑い夏の日 静かな海面は
蒸発で塩分濃度が 高まり
塩分の特に濃いところが 塩の指を作って
海面に突き刺さる 更に発達して
塩の紐となり 塩分は 下へ下へと運ばれる
海流で平均化されるが 万年・億年経って
下層ほど比重が重い海水となる
太陽光は 100m以上 かなり深くまで達するが
夜間 冬季 外が冷えても 対流が起こらず
吸収された太陽エネルギーは
外へ出るのに 3千年かかる
その間に 海流が地球規模で 平均化する
海のアニミズムで 生き物は 生まれ 育ち
いのちを伝えている
この惑星(ほし)の支配者たちへ 下川敏明
2008年10月、世界各地より神官たちがパリに集い、金銭神(マネー)の怒りについて話し合った。目下の事態が単なる神の気紛れなのか、或いは憤怒か。もとより神意など推し量る術もなく、神官たちはただ「畏れながらマネー神は、ややご機嫌斜めであそばされる。神のお心持ちを鎮めるべく、我等あらゆる手だてを講ず」そう語りながら頷き合い、互いの手を握り合った。
己の不始末 己の驕慢
己の不注意 己の敗北
きみたちは何をしようとしているのか
取り返しのつかない失敗をどう取り繕うつもりなのか
きみたちは己を省みることなく
他者を糾弾するのに忙しい
きみたちは血に飢え きみたちは眼を血走らせ
手を 足を 身体中を血に染めたまま
血まみれの札束を握りしめている
これは新しい戦乱(いくさ)の始まりなのか
薄っぺらな精神を大仰な素振りで飾り立て眉間に皺寄せ
きみたちは企んでいる 騙すこと 陥れること裏切ること そして
何を凝視(みつめ)ているのか 新たな獲物 更なる生贄をもとめて
次にどの国を標的とするのか 次に誰を殺すのか
どの地域 どの民族 どの宗教を破壊し
何を どこまで奪い取るつもりなのか
きみたちが棲む世界は 一体どこにあるのか
真紅の雨を浴び 死臭あふれる風に吹かれたいのか
きみたちが夢みる世界とは 一体何なのか
謀略(はかりごと)を賢さと言い換え
不意打ちを敏捷(すばしこさ)と強弁することなのか
きみたちの不始末 きみたちの驕慢
きみたちの不注意 きみたちの敗北
その責任はきみたちぃ自身で負わねばならない
戦争(たたかい)を渇望するのであれば
きみたち自身を侵略したまえ きみたちの祖国を
爆撃し きみたちの同胞を虐殺したまえ
きみたちの汚れた手は 己の汚れた血で洗い流すのだ
きみたちの汚れた身体は
己の汚れた口で拭い浄めるのだ
もしこの世界がきみたちを必要とするならば
それは世界が自殺を決意したとき
もしきみたちがこの世界を必要とするならば
それは世界が穢され 奪われ殺されるときだ
きみたちの強欲 打算 きみたちの卑怯 陰険
きみたちの残虐 狂気 きみたちの破廉恥
偽善 鉄面皮
この世界がきみたちを必要としていると言うのか
ならば 世界は自殺を決意したのだ
きみたちがこの世界を必要としていると言うのか
ならば 世界は喰い尽くされ 消え去るほかない
山岡萬之助「宇宙讃詞」に心酔する
周明徳
今年(2009)台湾の中南部と東南部で、台風による世紀の大水害が発生した。特に高山地区で2,3日の間に総計2000mmを越す傾盆豪雨が数カ所も観測され,全村が土石流によって地中深く埋もれたケースがあり、その惨状は残酷を極めた。自然現象による残酷な非情について<老子>の名句を引用しよう。
「天地不仁、以蒼生為芻狗」。訳文:天地は無慈悲にして残虐であり、人々は芻狗に過ぎない。思うに「芻狗」
とは、藁で作った祭り用の狗で、祭りが終ると捨てられるため、用がすめば捨てられる譬えである。閑話休題。
筆者は台湾で気象技官として、人生を一途に天職の最善を尽くした。しかし気象が属する自然科学と範疇の異なる神の存在について、若い頃から数々の疑問を抱いていた。中学時代、朝礼の際に情操教育の一環として「心の力」を師徒が斉誦した回想を綴ろう。
精神修養の教本である「心の力」は、大正二年に有名な法華経研究者・小林一郎先生が著した。なかなか立派な教本とは言うものの、なにせ約一世紀前の著作ゆえ、当時の物理学や天文学の限られた学識によって、その内容は地球の属する太陽系や銀河系の範囲内だった。ところが、山岡萬之助「宇宙賛詞」の内容たるや、核分裂を含む先端科学が導入され、無神論者に近い筆者が、その後尾の四行に深い感銘を受け、すっかり啓発され、そして心酔した次第である。
「科学は宇宙の神秘を開けども 究極は求め難く
そは神の世界なり 宇宙の神を信仰し修練すれば
光明世界の実現は明らかなり」
かくして筆者は神に関する高いレベルの「宇宙讃詞」の真諦によって、人境の神ならぬ宇宙の遙かかなたの神の存在を知り得た。この立派な哲学の真諦をば中文に訳して華人社会に残したかった。たまたま筆者より一回り若い畏友・・陳西庚氏(台湾師範大学卒、美術教師)との交友があり、これによって共訳に持ち込んだ次第である。この訳文は原文を尊重して損なわず、一部は中国の熟語を引用し、読みやすいように口語体で意訳するが、漢字だらけの訳文をば日本文に逆意訳しよう。
[古典<千字文>の冒頭にある「天地玄黄、宇宙洪荒」とは:天地の別称である玄黄は玄虚にして玄妙な天と中国北部の黄土の大地を指し、宇宙は太古より混沌として存在していた事を言う。宇宙の起源や肇因に対し、世論は粉紜として数多く、どれを採用して良いか判らない。しかし、私個人としては一元説を採用したい。そもそも宇宙は万物の開始でもあり、終焉でもある。宇宙は広大無辺、浩瀚無極である。宇宙には始まりもなければ終わりもない。
銀河裡には無数の星群が存在し、各星々は燦然として光芒を放出しているが、これらの星々は所詮宇宙の一小部分に過ぎない。宇宙は極まるところのない大空である。(註:最近、ビッグバン宇宙初期に迫る観測もされ、膨大な量のダークマター、ダークエネルギーの存在とその起源が論議されているが、まだ、究極の理論・観測ではない。謎は深まるばかり。)
太陽は惑星に向かって慈光を放ち、この恩恵によって昼夜と季節が与えられ、諸星は整然として自転と公転をし続けて止まない。(中略)
宇宙の空間と時間は一体である。これは心物一如である。一如は仏教用語で、無差別の宇宙真理を言い、心霊一如そして物相も、精神と物質も、体用も一如である。もし人に智慧と慧眼があれば、当然ながら真理を了解して啓示を会得する事ができる。前述の二語は全部天地と自然界の妙理極まりない現象を賛嘆している。宇宙の神は大いなる霊であり、全智全能であり、融通無碍の主宰者である。
万物は陽光を普遍的に受け、一視同仁のもと、善良な人にも悪質な人にも照らす。万物はこの摂理によって成長して発展する。摂理とはキリスト教用語で、人の智慧では計れない神の意志を言う。人は神の愛に頼って心霊の保佑を受け、そして身心霊を保有する事が出来る。
万物の霊長である人は霊智と霊能をもっているが、神との感応や交流によって初めて万物の霊長たる所以が完成される。天は人に生命を賜り、人は神の正法のもとで生存し、そして神の正法に順応することにより、幸福が得られて永遠の生命を享受する事が出来る。さもなくば苦悩、空虚、欠缺が生じる事になる。
このあとに、前掲の「科学は宇宙の神秘を開けども 究極は求め難く そは神の世界なり 宇宙の神を信仰し修練すれば 光明世界の実現は明らかなり」が来て、終る。
エピローグとして、昔、世話になった台湾総督府測候技官養成所講師・故窪川一雄技師、師母登美子夫人、天文学と山岡文化財団の機関誌「宇宙」の縁で繋がる編集者への謝辞もある。
「複雑系」を理解していないジャーナリズムと政界 海野和三郎
我々の社会には、いくつもの時間が流れている。人ごとに違う時空を持っていて、しかもその時空が関連し、離散融合し、有為転変する。超多次元の複雑系である。それを最も良く理解していた人に荘子がいる。荘子は、政治的な混沌の世相にうんざりしながらも、それを何とかして正道に導こうと努力していた孔子は尊敬していたらしい。荘子が今いたら21世紀、エネルギー・環境問題・グローバル経済に自己中心的な関心が支配する国際政治世界をどう見るであろうか。
友人のところで、「複雑系の知」(田坂広志著、講談社)という本を拾い読みした。著者に面識はないが、非常に面白い本なので、読んでいない方には、一読をお勧めしたい。全9章、各章10項目近くあるが、各章3項目程度を抜粋して、参考に供する。
序章に曰く、なぜ、「複雑系」という言葉が、21世紀の「知」のキーワードであり、なぜ、「複雑系の知」が人が生きる上に必要なのか?;奇跡の如く誕生した生命、人間、社会;インターネット革命の意味。
第1章:社会の本質を知るにはどうすれば良いか?ポエットの知:分析によって失われる何か;洞察や直感という方法の復活;ポエットの知で世界を感じよ。
第2章:社会の現実を変えるにはどうすれば良いか?インキュベータの知:管理のパラダイムの限界;インターネットによる三つの革命;設計図を持たない革命;
第3章:社会の創発を促すにはどうすれば良いか?ストーリーテラーの知:創発の三つの条件;戦略の鍵は自己加速系にあり;情報共有から情報共鳴へ;ストーリーテラーの知で共鳴場を生み出せ。
第4章社会の歴史に参加するにはどうすれば良いか?アントレプレナーの知;ミクロのゆらぎがマクロの体勢を支配する;インターネット革命という追い風;アントレプレナーの知でゆらぎを起こせ。
第5章:社会の問題を解決するにはどうすれば良いか?セラピストの知;癒しとは進化である;部分と全体は共進化する;セラピストの知で全体の癒しを求めよ。
第6章:社会の法則を活かすにはどうすれば良いか?ゲームプレイヤーの知:虚しい夢を描いた社会科学;加速し続ける法則の進化;ゲームプレイヤーの知でルールを書き換えよ。
第7章:社会の未来を知るにはどうすれば良いか?アーテイストの知:未来が見えない不安;創造的進化を遂げ続ける世界;アーテイストの知で未来を創造せよ;いまを生き切れ。
終章:いま、なぜ、複雑系なのか?21世紀に求められる複雑系の知;現代の知の無力さ;専門主義の病;客観主義の病;分業主義の病;分離から合一へ;知を知ることは自己を知ること。
残る問題としては、まず、エネルギー・地球環境問・食糧問題の三つ巴の混沌から脱却する具体的な21世紀人類進化のプロセスがある。金融経済・市場経済の二元論的もっと高次元の複雑系経済を作れないでいる。そうしたグローバル経済を作れない現状を早く何とかすべきである。特に、国の政治に携わる政治家や世論のリーダーであるべきジャーナリストの言論をみると、殆ど全て一性論のイエス・ノーに終始し、よくても二性論的でとても本質的複雑系である国家、社会を理解している議論になっていない。国民の殆どは絶望している。
21世紀の共生の思想 酒井 孝
複雑系文明社会の進化が問題になっていますが、ある談話会で、松本健一教授(麗澤大学)の「泥の文明―21世紀の共生」の話が話題になりました。最近のテーマである「共生」について取り上げたものです。泥の文化圏から生まれた「共生」の思想が「民主」の思想をこえる21世紀の文明論である、という主張です。
「泥の文明」の要旨はつぎの通りです。
1.文明には、石の文明(欧米)、砂の文明(アラブ)、泥の文明(東アジア)がある。日本は泥の文明である。インドも泥の文明、中国は三者が混じりあっている。
2.石の文明は、牧畜を主とし、外に発展する力(征服、競争)を持つ。植民地主義や軍国主義に走る傾向がある。今のアメリカの「民主」「拡大」、覇権主義の原因。
3.砂の文明は、砂漠地帯に生まれた。植物が生えないので、農耕や定住をせず、牧畜移動(遊牧)生活を営む。部族間をネットワークする力を持つ。信仰は一神教である。
4.泥の文明は、水が豊富で温暖湿潤の東アジアモンスーン地帯に生まれた。泥のなかから植物を育てるのは水田農耕である。特色は「内に蓄積する力」である。
5.日本は「豊葦原の瑞穂の国」。土を耕し方形の田と畦を作り、灌漑して米を作った。泥(土と水)から生物が生まれる。太陽崇拝とともに万物に神が宿るというアニミズム、多神教が生まれた。また米作りのための「共同体システム」(郷土愛と相互扶助)が日本の社会を支えた。「共生」の価値観は日本独特のものがあり、稲作文化に根ざすものである。
6.日本的共生は、自他一体、相互扶助の関係を基礎とする。欧米では自他分離、対立競争の考え方なので、「民主主義」といっても個人主義の色彩が強い。会社は株主のものという株主主体論、従業員を労働力とみる考え方も、そこから出てくる。(参考)松本健一「泥の文明」新潮選書、「砂の文明、石の文明、泥の文明」PHP選書 ・・・・・
私の勤務先の創造経営グループでは、9月に発刊した「人づくりの経営」第T章3〜5で、21世紀の共生の文明論を述べています。創造経営では、企業経営における「六種の利害関係者集団」との共益、個人では「八種の人間関係人」との共生を目標としています。そのために、自己中心でなく共生に適する人材の育成が必要であり、「1人ひとりの人間性の開発による企業性格の向上が共生共益の組織風土を生み出す」という人間性重視の考え方をしています。
創造経営システムは、「生命」と「共生」をキーワードとしています。これについて、植物生態学(森林学)の立場から説かれた宮脇昭教授の「森の文明」、環境考古学の立場から説かれた安田喜憲教授の「稲作農耕文明」(長江文明)の説を学んだのですが、「泥の文明」(松本健一教授)は比較文明の視点から述べたものです。
自然のもつ生産力への信頼、生命循環の思想(生命の永続性)、共同体のシステム、ものづくり、清潔と礼節など、日本的経営の特色は日本文化に根ざすものであり、稲作農耕文明(泥の文明)から生まれたものであるという点は共通しています。
文明という用語は、易経の離卦から出た言葉です。易の思想である、自然の生成力、天地自然の循環、和諧(調和)の思想と重なるところが多いと思います。
「老子:3から万物」と21世紀進化論
海野和三郎
人に限らず、生き物は種の生存をかけて進化している。21世紀、人類進化の要因は、エネルギー・地球環境・食糧問題が50年後の見通しが立たなくなったことである。また、今世紀になって、分かってきたことが少なくも3つあり、その1つは、「3から万物」の整数論版と考えられるフェルマーの最終定理の完全な証明であるが、他は、昨年度ノーベル物理学賞:南部・小林・益川による「3世代6個のクオークの自発的CP対称性の破れ」と、「すばる望遠鏡」などによるビッグバン宇宙初期に近い原始銀河の観測とマター・ダークマター・ダークエネルギーの存在である。21世紀初頭に飛び出した、これら3大発見の共通する「3を起源とする複雑系」は単なる偶然であろうか、或いは、老子が言うように、「3から万物」の最新版・宇宙版なのであろうか。海と森とのアニミズムに人のアニミズム(如来心)を加えて、人類進化の1ページが進行しつつある。
(編集:海野)