私達の教育改革通信
第 128号 2009/4
教育通信ホームページ
http://cert.kyokyo-u.ac.jp/oka-index.html
http://www.easy-db.net/unno/kyouiku/
先事館制作室:進士多佳子〒106−0032港区六本木7-3-8ヒルプラザ910
発行人:西村秀美,先事館箕面 〒562-0023箕面市粟生間谷西3-15-12
お願い:教育通信はオープンメデイアに移行します。A(購読)会員、運営に参画されるB(協力)会員及びC(編集)会員になる方を歓迎します。B会員には自己負担でコピーと友人への配布、C会員にはそれに加えて編集を輪番でお願いします。私達の教育通信が今後どう発展するか、この皆で育てる新方式がよい日本文化に成長することが望まれます。
編集::先事館吉祥寺 海野和三郎180-0003武蔵野吉祥寺南4-15-12;
先事館狭山、菅野礼司 〒589-0022 大阪狭山市西山台1−24−5;
先事館近大理工総研 湯浅学・川東龍夫〒577-8502東大阪市小若江
先事館京都教育大 岡本正志〒612-8582京都市伏見区深草藤森町1
先事館聖徳大学 茂木和行 165-0035 中野区白鷺2-13-3-409
「トップダウン」からの脱却
〜ソフトウエアの発想をヒントにした「ボトムアップ」改革〜
石川 雅章(フリーエンジニア )
◆ 「スイッチ=手先」という大量生産の限界
私は,身体に不自由がある方のために,動きの制約に対応したスイッチを設計したり,それに合わせて家電などの製品を加工したり,スイッチによる「意志表示」の方法を考案することを仕事にしている。
身体に制約がある方の,普段の生活における「不便さ」は,五体満足の者にとっては計り知れない。実際,制約を持つ本人や,あるいはその介護やリハビリに携わる関係者から聞かれるのは,生活上の様々な苦労話。そうした方々に,「自分の技術的な知識や技能を活かすことはできないか」と考えて始めた仕事でした。
では,なぜ「スイッチ」なのか。
現代は「スイッチ操作」のない生活など考えられない。朝起きて最初に手を伸ばすのは,「目覚し時計」や「照明」のスイッチだったり,その後も,エアコン(冷暖房),テレビ,炊飯器など,生活は「スイッチ操作」の連続。
ところがその「スイッチ」の多くは,指などの「手先」で操作するようにできている。そのため,「手先に制約があってスイッチ操作ができない」と,ただそれだけで,一般の人が日常「当たり前」のように使っている製品の多くが扱えず,生活に多大な不便を強いられることになる。
しかし「制約」と言っても,「全身が全く動かない」という方はごく一部。指は自由に動かせなくても,腕なら動かせる,足なら動かせる……など,手先以外の部位がある程度随意的に動かせる方も多い。だから,もしその人が動かせる身体の部位で操作できる「スイッチさえあれば」,前述のような「不便」はかなり改善し,日常生活ももっと広がるはず。
それにしても,なぜ「手先」で操作するスイッチばかりなのか。
メーカーは,たいてい「大量生産」して採算を合わせている。同一設計の製品を大量に生産することで,その開発や製造のコストを分散している。大量に作った分だけ買ってもらうには,より「多くの人が」使えるような設計にする必要がある。普段の生活で,スイッチ操作のような細かい動きに最も適した部位は「手先」であるため,結果,そこでの操作に都合のいい製品が中心となる。その中から,「手先以外で,個別の制約に都合のいい製品を探す」のは至難のワザとなる。
一方,手先以外で操作できる「福祉用スイッチ」を作っている「福祉機器メーカー」もある。しかしそれも,多くはそれなりの「需要」を見込んで大量生産している。そのため,ある程度似たような状況の人への対応は意識されるものの,とても「ひとりひとり」の症状までは考慮しきれない。しかも一般向け製品よりは,販路も生産量も限られるため,ワリ高で,入手しづらい製品も多くなる。結局は,その「福祉用スイッチ」でもカバーできずに「漏れていく人」もまた多い。
いずれにせよ,そうした人のためのスイッチの設計,製作を,個別にメーカーが手掛けるのはかなり困難。「大量生産→大量消費」の社会の仕組みで支えるには限界があると言っていいと思う。
◆ 「個別に考えるスイッチ」の社会的意義
逆に言えば,「メーカーの製品」にこだわらなければ,工夫次第で,「手先」以外の部位で操作できるスイッチは,いろいろと考えられる。
たとえば,寝たきりで,「指」はあまり動かせなくても,「腕」ならある程度動かせる人の場合,もし「引っ張るスイッチ」があれば,引き紐を腕に結び付けておけば操作できるようになる。でも,そのようなスイッチなど,あるのか。じつは,毎日のように使っている人もけっこういる。多くは,天井や電気スタンドなどの照明のスイッチがそれ。だから,そのスイッチ部分だけを部品屋で購入し,扱いたい機器に接続できるように加工してあげればいいわけだ。しかもその部品,安いものは数百円で売られている。
このように,個別に考えれば,必ずしも高価な福祉用スイッチなど必要ない場合も少なくない。
ただ,操作対象となりうる機器の側は,多くはそうしたスイッチで使われることは想定されていない。そこで,そちらもスイッチに対応させて加工する必要が生じる。とは言っても,身体に事情のある方が「操作する製品」もまた限られる。加工依頼で多いのは「おもちゃ」と「リモコン」。この手の製品に,福祉用に使われるスイッチの接続を取り付ける加工も,それほど大がかりではない。
さらに「ひと工夫」加えることで,負担をぐっと軽減できるケースもある。たとえば「震え」があって,押しボタンスイッチを「何度も押して誤動作させてしまう」ような方の場合,「最初の1回だけ操作を受け付けて,直後はしばらく受け付けない」ような装置を作り,これをスイッチと操作機器の間に中継接続すれば,誤操作は著しく改善する。「震え」のためにテレビのチャンネルがうまく変えられず,それまで「誰かの助け」が必要だった人も,自分で変えることができるようになり,「介護負担の軽減」にもつながる。
また最近は,コンピュータの小型化やパソコンの普及によって,言葉を発せない人でも,専用の機器やパソコン用ソフトを使って意思伝達できる可能性も大きくなってきた。昔は「動けない,喋れない」となったら,「意思疎通はあきらめる」しかなかったと思う。でも,今は違う。自由に操作できるスイッチさえ1つあれば,パソコンで文章を作成したり,自力でインターネットのニュースを読み,メールで外部と連絡も取れる。その人が「使える」スイッチが与えられるだけで,世界を大きく広げられる可能性がある。「個別にスイッチの加工を考える」ことの重要性が,お分かりいただけると思う。
◆ 福祉関係者の意識とその背景にある問題
ここまで申し上げると,「さぞかし『引っ張り凧』の仕事なのでは?」と思う方も多いでしょうか。しかし,加工依頼は「年に数件ほど」というのが実態。もちろん,周知も図っています。活動を紹介するホームページも作り,さらに,障害者やその関係者が多数登録する「メーリングリスト」と呼ばれるサービスも利用している。活動の報告などは,その登録者全員に届いているはず。「それでも」なのです。
登録している方の中には,「O.T(作業療法師)」と呼ばれる方も多くいます。それは簡単に言うと,ミシン縫いや簡単な工作など,文字通り「作業」を通じてリハビリを指導する方たち。身体に制約がある方に指導するわけですから,電動ミシンやその他工具の操作の際,一般的な機器に付いているスイッチではうまく操作できず,何らかの加工が必要になることも多いはず。でも,そうした方々からの反応すらほとんどないのが現状。
単純に考えると,「現場の方たちは『スイッチ加工が必要』なほど悩んでいないのでは」……と思ってしまうところ。
でもある時,メーリングリストに寄せられたある O.T の方の投稿に,その「反応の悪さ」の原因の一端を見たような気がした。私のスイッチ加工の報告に対し,「そうした加工ができるとは思っていなかった」という。
身体に大きな制約がある方でも,スイッチの工夫によって世界が広がる可能性は,前述の通り。ところが O.T の方は,「制約のある身体の動きに対応させるために,『スイッチ』にどのような工夫ができるか」といったテーマに深く触れる機会はない様子。
また,こんな記述もあった。「O.T の養成過程には,『意思伝達機器』についての内容はない」と。
技術の発展により,どんな人でも意思伝達できる可能性が大きくなり,「社会参加」や「バリアフリー」の意識も高まりつつある現代にありながら,「意思伝達装置」については
O.T の養成過程に「盛り込まれていない」という。
これには大きな問題を感じた。O.T の仕事は,身体の制約を乗り越え,何か「できること」を身に付けさせる,まさに「社会参加」に対する意識を喚起し,サポートする訓練のはず。その
O.T の方々がこのような状況。これでは,私がいくら「スイッチ加工」や,関連する「意志伝達装置」についての記事を上げたところで,ピンと来る方が少なくても仕方がないのかもしれない。
O.T といえば,確か「国家資格」。つくづく「官主導」の制度は「現状に即していない」と感じる。いや,福祉分野に限らず,また時代を問わず,それは教育をはじめとする諸制度を「官」に全て委ねてしまうことの限界を示しているのではないかと思う。
私的には,その理由はハッキリしている。「トップダウン」だからだ。つまり,現場の状況をよく調べずに「制度」を作り,頭ごなしに従わせることしか考えていないから。
◆ ソフトウエアの概念「オブジェクト指向」
ところで私は,障害者のコミュニケーションのため,簡単なソフトウエアを作ることがある。作るには「コンピュータ言語」と呼ばれる特別な「記述法」を知る必要があるが,昔と今とではその「傾向」に大きな違いがある。
昔は,とにかく「全ての『手続き』を書き並べる」ような方式。まず「メイン・ルーチン」と呼ばれる手続きから実行が開始され,そこから「サブ・ルーチン」と呼ばれる,特定の作業のための,小分けにされた手続きを必要に応じて呼び出すことで,全体を機能させる。つまり,「『メイン』が『サブ』を使う」ような構造。まさに「トップダウン」を連想させる。
今はというと,かなり違った「概念」が導入されている。それは,特定の「対象物(Object)」に関連する処理やデータをまとめ,それを中心に考える「オブジェクト指向」と呼ばれる考え方。
たとえば「道路工事」を例にすると,「トップダウン」では,道路の「改良工事」を決めるのは,道路関係の部署。一方,「水道管の補修」を決めるのは水道関係の部署で,「近くの新築住宅にガス管を引く」のはガス会社になる。その度に道路を掘り返す……という,いわゆる「タテワリ」の行政。
「オブジェクト指向」で前述の例を考えると,まず「道路」という対象物に関する事項を集中して扱う「道路」の部署を作る。ただ,あくまでも対象の「もの」に限定した扱いで,改良工事が必要かどうかを「判断」する部分は含まない。それは「道路管理」という別の部署が担当すると考えるのが適当。他も同様に,「水道」やら「ガス」やら,それぞれの「もの」の担当部署を考える。
「道路管理」の部署は,まず「道路の改良が必要かどうか」について,「道路」の部署に調査と報告を求める。「改良が必要」と判断したら,やはり「道路」の部署に工事を打診する。一方「水道」や「ガス」の部署で道路工事の必要が生じた場合も,全てまずは「道路」の部署に打診をする。もし,それらの工事の希望時期が接近していたら,「道路」の部署がそれぞれの部署に調整を図り,一度掘り返せば全ての工事が済むよう,時期を合わせることも考えられる。「道路」という末端の「もの」に関連した事項を中心に考えた場合の行政の仕組みは,こんな感じだろうか。
こうした「末端」にあるものを中心とした考え方を,私は「ボトムアップ」と呼んでいる。「オブジェクト指向」という概念は,それに近い気がしている。ではなぜ,ソフトウエアの世界にそうした考え方が出てきたのか。それは,それまでの「トップダウン」型のプログラム作りに限界があったためだと思う。
果たして,コンピュータのソフトウエアと「行政」を対比させるのが適当かどうかは判断が分かれるかもしれないが,少なくとも,「末端の事情」をよく知らない人達が「トップダウン」で制度を作っても,うまくいくとは思えない。しかし,O.T
の資格をはじめ,既存の制度は,ほとんどがそうして作られてきたのではないか。それでは「現状に即した制度」など,とうていできるわけがない。
だから,それを「改革」するとしたら,鍵となるのは,やはり「ボトムアップ」の考え方ではないかと思う。つまり,末端の「現場」にいる人達が中心となり,現状をよく把握して,「どうなればいいのか,そのために何をすればいいか」を考えて工夫をする。成否を分析し,次の試行にフィードバックしたり,他の現場との連携なども試みる。そうした模索を繰り返しながら,得られた結果を上層部に上げる……この「ボトムアップ的な仕組み」をいかに作るかが,重要なのではないかと思う。
「改革」は,いわゆる「エライさん」達が主導する「トップダウン」では成し得ず,増してや,「官」主導では改革など「ありえない」気がする。末端の現場にいる人達から,まず行動を始めるべきだろう。
「みんなちがって、みんないい」
菅野礼司
自然現象は多様かつ豊であり、自然の仕組みは実に奥深い。自然科学が進歩すればするほどそのことを思い知らされる。年を取って経験を重ねてくると、自然の深淵を覗く度に驚嘆が増すばかりである。自然は無限に豊富である。そして、全てのものが違っていて同じものがない。それでいてみなそれぞれ存在意義を持っている。無限にある電子や陽子なども、人間にはまだ感知できないだけで、厳密には一つひとつみな少しずつ違うのではないだろうか。たとえば電子が自ら作りだして身にまとっている電磁場の衣(自己場)の様子がである。現代物理学では全ての電子はまったく同じものとして扱われているが、この頃そんな気がしている。
人間はもっともっと複雑で、一人ひとりみな異なる。それぞれの体と心の個人差は無限に多様である。したがって、みながそれぞれ豊かな個性を具えている。
そのような個人差のある人間を、一人ひとり正しく教育することは至難の業であろう。成人となって社会に出たとき必要な知識を身につけさせ、各人の個性を摘み取らないように育て伸ばすことが教育であるならば、これほど難しいものはない。
しかし、いまの教育はその個人差を無視して、かなり画一的になされている。先生が一人ひとりの生徒に着いて一対一で教育するのではないから仕方がないが、集団教育の範囲でも少人数学級なら、改善できる余地はいろいろあると思う。
たとえば、学校の成績が機械的な採点で決まる試験問題ではなく、よく考えて結論に達するまでの途中過程を重視するようにすべきである。今のような入試対策の勉強では、暗記力の強い者、要領よく即答できる者がよくできる傾向がある。これでは個々人の個性は育たないだろう。暗記の必要なものもあるが、じっくり考える思考力の必要な教科もあれば感性の必要な教科もある。
「頭がよい」という場合、その種類には記憶力、想像力、理解力、論理的思考力、創造力などいろいろなタイプがある。これら全部を具えている者は滅多にない。ほとんどの人はこのうちの一つか二つの点で優れているというところだろう。この能力の違いを考慮した教育が望ましい。また、学業ばかりでなく、体育・スポーツの面で優れた者、感性豊かで芸能方面の才能豊かな者もいる。みなそれぞれみな優れた才能を備えているのでから、自信を持って勉強できる教育環境を造ることが望まれる。
私は次の金子みすずの詩が好きである。
私と小鳥と鈴と 金子みすず
私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
最近は少子化のため、以前のように受験競争が激しくないから、このような異なる才能を育てうる教育環境が作りやすくなったのではないだろうか。
く が み ら く づ め
中條 利一郎
標題は筆者が子供だった頃、近所に住んでいた祖母からよく聞かされた言葉である。その意味は、苦労している人は髪の毛が速く伸び、楽をしている人は爪が速く伸びるということである。従って、漢字では「苦髪楽爪」と書くのであろう。いずれにしても、髪の毛が速く伸びることを評価する価値体系では爪が速く伸びることは評価されない筈であり、その逆もまた然りである。しかし、事はそれほど簡単ではない。祖母はある時にはあの人は苦労ばかりしているから髪の毛が速く伸びるとけなし、別の時には別の人をあの人は怠け者だから爪が速く伸びるとけなす。首尾一貫していないようだが、結構説得力がある。祖母は明治19年生まれで、まだ明治以前の考え方が色濃く残っている環境で、中級武士の家庭に育っている。髪の毛の話は自分より下の階級に属する人への侮蔑に使われ、爪の話は同じ階級に属する人の侮蔑に使われるという風に使い分けられていた。それに気がついたのは、勿論、筆者が大人になってからである。
そうすると、筆者自身はどうなのだろうと気になる。筆者は髪も爪もヒト様より速く伸びるようである。何故か? 筆者にとっては階級による分類ではなく、用途による分類が登場することになる。髪の近く、即ち、脳では苦労し、爪が生えている手では苦労していないと考えれば、合点が行く。晴耕雨読ではなく、降っても晴れても机の前で仕事をしている。筆者に限らず、本誌の読者は大部分の方がそれに属すると思われる。筆者も既に後期高齢者の仲間入りをしているが、年に何回かは学会発表をし、論文を書く生活を続けている。後期高齢者として、それなりに世間に役立つ(或いは、世間に迷惑をかけない)生活をするにあたって、「くがみらくづめ」というキーワードの中から生活指針を得ていることになる。
具体的にどんなことをやっているのか、それについては別の機会に譲ることにし、ここでは家庭での教育が後期高齢者になっても生活指針を与えている例として読んで欲しい。モンスターペアレントなどという言葉を耳にする。学校という集団生活の場での秩序など一切お構いなしで、わが子のための、実は、親の世間体のための主張をする。それが家庭教育だと思いこんでいる輩のことである。そこには家庭内での閉じた価値体系だけが支配し、それを社会にまで通用させようとする暴力が見られる。こんなものが家庭教育ではないと言うのは簡単である。それなら、どんなことが家庭教育と言えるのかを筆者の人生の中から例示したのが本稿である。
「列子」に周の尹氏という人の話が出ているそうである(円満字二郎、科学、78,
1344 (2008))。資産家で、昼間は仕事熱心で、下僕たちをこき使う。夜は一転、夢の中で下僕になり、鞭打たれたりしてこき使われる。この話を友人に相談したところ、それは理の当然で、苦楽には釣り合いがあると諭された由である。「くがみらくづめ」についてはいつか書きたいと思っていたところ、円満字二郎の文に接し、書くタイミングだと思って書くことにした家庭教育論議である。
高野山国際真宗会議と微生物的環境科学研究所
法橋登
1.高野山国際真宗会議
2008年は浄土真宗が世界に存在感を示した年だった。その契機となったのは太平洋戦争中に真宗本山京都本願寺が破門した反戦門徒の宗門による名誉回復と宗門の自己批判、そしてそれを受けた形で開かれた「浄土真宗におけるグローバル化と社会倫理」をテーマにした高野山国際会議だった。高野山会議では、科学革命と市民革命に成功した西欧の普遍価値ヒューマニズムがもたらした今日の政治・経済・科学の状況に対するイタリア出身の大谷大学外国人特別研究員の自己批判が注目された。この研究員はヒューマニズムと浄土宗の平等思想(同朋思想)の対比から、政治・経済・科学の支配下でグローバル化・多元化・相対化された21世紀の宗教の二つの選択肢―宗教の純化によって世俗に対する過去の権威を回復する原理主義か、細分化された社会の構造・機能の中で社会倫理学の助言部門として世俗化するか―が議論された。鎌倉以降の日本仏教は仏(宗祖)中心の浄土真宗、法 (教義)中心の日蓮宗、僧(出家)中心の禅宗という三宗がそれぞれ安定した信者層をもって共存してきたが、廃物棄釈の時代背景のなかで起こった満州事変を三宗統合して支持する動きがあった。このような動きへの浄土真宗の関与に抗議したのが反戦門徒だった。
2.自己と世界の問題
西田幾多郎は、太平洋戦終結の4カ月前、世を去る2カ月前に書き終えた論文で、自己を超え自己を成立させる他者に従う「現実即絶対」の浄土真宗に戦後の世界宗教としての希望を託した(「維摩経講話:浄土と国家」橋本芳契述・早川博信編)が、2003年に西田の生誕地金沢に創設された西田哲学会では西田のテーマが「この国のかたちづくり」という形で継承され、京大哲学科は比較思想学科に改組された。2008年には花岡さんの「自己と世界の問題」(現代図書)が本になった。実存主義哲学者キェルケゴールのテーマがタイトルになっている。この本では仏教とキリスト教の通過儀礼である得度と洗礼を受けいくつかの超越体験を経たという著者が東西両宗教の矛盾的統一の体現者として政治・経済・科学に支配された現世(水平次元)に垂直次元(キェルケゴールの超越次元)を立ち上げ、浄土=絶対無の場をそこに移す工夫が示される。まず有限無=虚無思想によって神を殺したニーチェからキェルケゴール、ハイデガーに代表されるドイツの観念的実存主義者は絶対無の裏側で垂直次元を支えてもらう。プラトン主義者は絶対有=イデアへの殉教によって浄土に住めない。相対有=自閉症の科学者や唯物論者も浄土に住めない。西田は論文「浄土と国家」で「現世が浄土を映すごとく浄土は現世を映さなければならない」と書いたが、花岡さんの本では脳死判定や臓器移植などの生命科学現場は浄土から降りたキリスト教的父性愛で導かれ、医療実務の現場では浄土的水平慈悲が働く。
では浄土に誰が住むのか。週刊「100人」シリーズ100号(2005年)を再見すると、世界を変えた100人のひとりにニーチェが挙げられ、著書「アンチキリスト」(1888年)から引用された次の言葉でこの最終号「イエス・キリスト」が結ばれている。「真のキリスト教徒はひとりしかいない。そのひとは磔で死んだ。イエスの生き方こそが理想の「生」だ」。廃人で死んだニーチェは生の哲学者だった。ニーチェの言葉はキェルケゴールの個と世界の問題のもっとも短い答えになっている。浄土の住人は理想だった。
3.科学の煉獄
戦後文学部桑原武夫を中心とする新京都学派と呼ばれたグループの若手旗手だった梅原猛は父が工学研究者だったこともあり、科学の「煉獄」をくぐったキリスト教と煉獄を知らない仏教の矛盾的統一の困難に気づいた。とくに仏教十戒の第一戒不殺生戒とキリスト教十戒の第一戒二神信仰の禁止(火刑)は対極にあり、両者の矛盾的統一は両者の宗教的純度を犠牲にした世俗化(多数化)だという。その悲哀の表現者が宮沢賢治だという。梅原は絶対無の場はデカルトにとっての一般良識人、ニーチェにとっての俗衆といった手ごわい読者(煉獄)に開かれていない、という物理出身の哲学者中村雄二郎の批判に反対しなかったが、西田は1908年に東大講師のポストを辞退した理由を友人にこう書いている。「小生の専門は純正哲学と認識論に御座候。倫理学は学校にある故やむを得ず講じおり候。宗教哲学や歴史哲学は哲学体系の一系列ゆえ研究致しおり候。倫理でも哲学でも歴史はすべて好まずきわめて不得意にて、僕の説は偏なるを免れず、大学に講じてもポピュラーなることを得ずと存じおり候」。ニーチェについて梅原はその反時代・反組織・反主流的孤高は知的巨人の到来を待望する在野の一匹狼を元気づけたとして「反時代的蜜語」という連続エッセイを新聞に書いた。蜜は垂直次元にあった渡来仏教を日本の水平次元下にある基層地域文化に結びつけ、最澄とともに平安仏教の開祖の一人になった空海の真言密教を指す。真宗国際会議が空海の聖地高野山で開かれたのもそのような趣旨からと思う。比叡山や高野山や熊野古道に残る拝火信仰は、シルク・ロードの終着点に再臨したニーチェのゾロアスタだと直観した人がいた。世界文化遺産選定委員として来日したスペインの歴史学者だった。
4.微生物学的環境技術研究所
折れた葦の自然治癒に神をみたパスカルは神秘的実存主義者だった。波動力学の生みの親シュレディンガーは自身を合理的神秘主義者とよんだが、一般には「生命とはなにか」という著書で知られている。20世紀最大の科学的業績といわれるDNAの発見は、シュレディンガーの本を読んで物理から転向した分子生物学者を含む複数の研究者によって同時に発表された。宗教学者・神学者の八木誠一は、この発見が10年も経たないうちに世界の高校教科書に載ったことに驚き、世界の大宗教が終りのない教義論争を繰り返していること嘆いた。八木は、経典の字義解釈が時代とともに変わることと、教祖が弟子に超越体験の共有を求めることをその最大の理由にあげている。シュレディンガーは晩年を古代インド哲学(バラモン教:紀元前500~1500年)のヴェーダ学徒として過ごした(「わが世界観」橋本芳契・早川博信編)が、ヴェーダ哲学の中心にある梵我一如思想を西田門下の初代宗教学科教授西谷啓治は「花が咲く。そこに私がいる」と要約してデカルトの「われ思うゆえにわれあり」と対比した。西田は「西洋では有が存在、東洋では無が存在」と書いたが、「形をもたない非有=浄土から自己限定された有が生じた」とする初期ヴェーダも「非有と有を包括する高次の存在」を考えた後期ヴェーダも知っていたブッダはヴェーダ神秘哲学から人間を解放した宗教者と位置づけられる。
「生命とはなにか」には「負のエントロピー」という考えが出てくる。エントロピーは熱力学で無秩序を意味するから、負のエントロピーは秩序になる。人間の生命活動を支えている物質代謝に伴う発熱反応では正のエントロピーが増加し、太陽エネルギーによる光合成のような吸熱反応では負のエントロピーが増加する。仏教用語でいえば正のエントロピー=業=煩悩である。エントロピーも業も煩悩も減少することはなく、人間にできることは減少速度を落とすことだけである。仏教学者玉城康四郎さんは人間を業熟体とよんだ。
100年に一度という世界同時金融危機で迎えた2009年は、ダーウィン生誕200年にあたるが、2009年3月の新潟日報抄は食糧を金融商品に変えた資本主義の今日を予見し、人間の排泄物を農地に戻す日本式農業を世界の持続的最終農法としたマルクスを紹介している。マルクスは唯物論者として、またエンゲルスとともに科学的社会主義の創始した革命家として知られるが、マルクス自身は自分をマルキストと区別している。草津市にある微生物学的環境技術研究所所長の平井孝志さんは、2009年2月に世界と日本の経済・金融・雇用危機を救う方法を発表した。500-800兆円といわれる日本のデフレギャップのうちインフレの引き金にならない程度の200兆円の政府券を発行して地上最大の光合成者である微生物の環境に投資する方法である。200兆円は地球生態秩序回復の負のエントロピーである。日本の場合、広葉、針葉樹林で覆われた山の表土の深さ70-100cmほどの層を団粒化するだけで現在の日本のダムの溜水量が50-100倍になる。平井さんはマルクスのいう日本式農業をウンコロジーと呼んで東南アジアを中心に技術移転を進めているが、平井さんのこれら理想の実現を応援したい。
1世紀を生きる映画監督
佐々木聖
泣けないと怒る観客
ポルトガルにマノエル・デ・オリヴェイラという映画監督がいる。1908年生まれだから当年とって101歳だが、いまだに新作の公開が控えている現役だ。間違いなく世界最高齢の映画監督だろう。しかも本格的に長編劇映画を撮り始めたのは60歳を超えてからで、コンスタントに新作を発表している。なんともすごい人がいたものだ。
で、そんなスーパー爺さんがどんな映画をつくっているのかといえば、これがどうも、人を喰ったとしかいいようがないもの。とくに『夜顔』(06年)『永遠(とわ)の語らい』(03年)という近年の2作には意表をつかれる。
映画館に行くのでも、DVDを借りるのでもいいが、とにかく「映画を観る」という行為には、事前の「期待値」というものがあるだろう。なにがしかの情報をもとに、「たぶんこんな映画にちがいない、だからきっとおもしろいはずだ」という予断をまったくもたずに1本の映画を選ぶことは、情報過多のいまの時代、かえって難しい。
予断にもとづく期待値が上がりすぎると、裏切られたときの「がっかり」は大きい。ある映画配給会社の人が、「最近の観客は泣ける映画を観に来て泣けないと怒る」とこぼしていた。意外性を楽しめないとは、ずいぶんと損をしている。もっともそれは、観客の了見のほうが狭いのか、それとも、「泣ける」という一点を外すとほかに何もとりえがない、なかみのとぼしい映画の了見のほうが狭いのか、ケースバイケースだろうけれども……。
そこへいくと、オリヴェイラの映画、とくに先に挙げた2作には、予断を心地よく裏切ってくれる了見の広さがある。加齢につれて意固地になるのではなく、なにごとも鷹揚に構えて受け容れるふところの広さと深さ。むろんこれは映画の了見の話で、監督個人の了見はどうだか知らない。
沈黙のテーブル
『夜顔』は、そのタイトルから推測される通り、ルイス・ブニュエルの『昼顔』(1967年)の後日談である。ちなみにスペイン出身でメキシコ、フランスと渡り歩いて映画を撮ったブニュエルは1900年生まれだからオリヴェイラのほぼ同時代人。1983年に没している。
『昼顔』でカトリーヌ・ドヌーヴは夫に内緒で春を売る。彼女の秘密を唯一知っていたのがミシェル・ピコリ。『夜顔』では、40年後のミシェル・ピコリがそのまま登場して、同じく40年後のカトリーヌ・ドヌーヴという設定のビュル・オジェと再会する。ありていに言ってしまえば、「昔の過ちをほじくり返さないで」と嫌がるチャーミングな老婦人につきまとうストーカー爺さんの話だ。
……という情報を知って観たとしても、この映画には意外な発見がある。半ば強引にディナーの約束をとりつけたミシェル・ピコリ。ホテルの一室か、レストランの個室か、不思議なたたずまいの部屋のなか、テーブルを挟んで向き合う二人には、しばらく何の会話もない。ただひたすら、ボーイが運んでくる料理を口にするだけである。食器が触れ合う、咀嚼する、嚥下する。そんな音だけが際立つ。
ずいぶん映画を観てきたが、テーブルに向き合った二人が何の会話もなくこれだけ長い間、料理を食べるだけの場面は観たことがない。しかも、さていったいこれから二人はどうなるのか、どうにもならないだろうが気にならないでもない、といった「宙ぶらりんのサスペンス」が維持される奇妙なひとときだ。ホテルや温泉旅館の朝食の席などで、まったく会話のない熟年夫婦を傍から眺めている時の、いたたまれなさでむずむずする、あの感じに近い。
オリヴェイラはおそらく、カトリーヌ・ドヌーヴに出演を依頼して断られたにちがいない。なぜなら彼の前作『永遠の語らい』で、このフランスの大女優は重要な役柄のひとつを演じているからである。だが結果的にビュル・オジェで正解だった。『昼顔』を知る観客がリアルな40年の歳月を目の当たりにするのは、男優のほうだけで十分だ。
饒舌のテーブル
『永遠の語らい』はこれまたタイトル通り、一転して饒舌な映画である。ポルトガルから出発した豪華客船がインドのボンベイへ向かう。主人公は歴史学者の母親(レオノーラ・シルヴェイラ)と7歳の娘(フィリッパ・ド・アルメイダ)。パイロットの夫に会うための旅路の途上に、書物でしか知らなかった西洋文明の歴史をその目で確かめようというのだ。マルセイユ、パルテノン神殿、イスタンブール、ピラミッド……名所旧蹟ごとに、娘の素朴な質問に母親が答えるかたちで、人類の文明史が語られていく。
こうして紹介すると観光映画みたいだが、確かに前半の構成はその通り。だが、もちろん名所旧蹟をさまざまなアングルで捉えたりはせず、あくまでも母子の「語らいの背景」として大聖堂やスフィンクスがそびえたつ。
後半はほとんど船内の会話劇である。船長(ジョン・マルコヴィッチ)のディナーテーブルに招待された3人の女性VIP。実業家にカトリーヌ・ドヌーヴ、元スーパーモデルにステファニア・サンドレッリ、舞台女優にイレーネ・パパス。このキャスティングも目を見張るが、4人それぞれ英語、フランス語、イタリア語、ギリシャ語で喋り、互いに理解できるという設定が、「異質な文明を理解しようとしない男性主導で築いてきた人類史の罪深さ」という文明論的な話題とリンクしていくところが興味深い。
ところが……。のんきな観光映画だと思って観ていると、最後にはとんでもないところへ連れていかれる。それについて多くを語ると「予断」の域を超えてしまうが、凡百のハリウッド映画が煽り立てる「衝撃のラスト」とはまったく違った位相で、意表をつかれること請け合いだ。
母子の楽しげな語らいも、4人のインテリのきらびやかな饒舌も、どんなふうに沈黙の中に閉じこめられるのか。映画の中で語られてきた人類の文明史とは、いま眼前で展開されている禍々しさの永遠の繰り返しに過ぎないのではないか。そう思い知らされる瞬間だ。しかも、ただあっけなく「光」と「音」のみによって表現される。それを目撃することは、息を詰めて40年ぶりの沈黙のテーブルを見守るのと同様、未知の映画体験にほかならない。
東洋の哲学Tインドの哲学
(研究会講義資料)
山岡萬之助著
(教育通信127号では、花岡永子さんの本の紹介に対する参考資料のような形で、萬之助先生を一部抜粋しましたが、尻切れトンボになってしまいました。はやり、全文を読んでもらったほうがいいと思います。というのは、さすが、萬之助先生独学で万巻の書を読んだらしく、他の大家とも違う独特の見識を持って居られ、これが今の世に大変役に立つように思われるからです。海野)
1、 インドの歴史
インドは四千年前すでにトラヴィタ人が先住していた。1500B.C頃,インドにアーリヤ人が侵入、バラモン教を成立させた。僧侶(バラモン)を支配者とする四種姓(カースト)を中心とし差別的・保守的であったので、その反動としてB.C.500年頃シャカ(仏教)とマハーヴィーラ(ジャイナ教)が立ち上がり、非バラモン的思想として一大潮流となる。
仏教の隆盛によって一時バラモン教は衰えたがが、紀元8世紀にラージプート族のインド支配によって、バラモン教は民間信仰を取り入れたインド教として復興した。しかし、1206年、イスラム教徒によってその主権を奪われ、仏教はインドから姿を消した。1859年、ムガール朝の滅びるまでインドはイスラム教の支配下にあった。その後、イギリスのインド支配の進むにつれて、インド教の勢力を回復、現在独立国インド連邦として住民3億のうち9割はインド教である。
2、 インド哲学総説
インド哲学の一般的特徴は直観的であり、宗教的目的と不離な関係にある。すなわち、宗教的実践によって、苦しみのりんねの世界を脱して解脱の境地に至らんとする。
インド思想はバラモン教から現代のインド教に流れるものが主流であるから、仏教を除いてインド哲学と称する場合もある。そこで、インド思想を、バラモン教・仏教・ジャイナ教に分けて述べることとする。
3、 バラモン教
バラモンの思想は、第一にB.C.1500年よりB.C.500年に至るもので、ヴェーダの文献及びその付属書を中心とする。第二に正統バラモンの流である紀元200年頃の六派哲学であり、さらに第三は古代バラモン思想の有神論的復活である。
第一 ヴェーダ @ ヴェーダは智識を意味する。インド・アーリャ族によってつくられた多数の神々に対する賛歌集であり、バラモンの根本聖典である。四種があり、リグ・ヴェーダが最も古くB.C.1500-1200年頃に成立したと言われる。宇宙の根源は唯一と説く天地創造の歌である。
A ヴェーダの付属書として、ブラーフマーナ(梵書)アーラヌヤーカ(森林書)、ウパニシャッド(奥義書)、がある。ブラーフマーナは、B.C.1000年から800年頃の成立で、ここでは次第に宇宙の統一原理も深められ、リグ・ヴェーダにおける唯一者は世界の創造主であるとともに支配者であるとする。
ウパニシャッドは、特に古代インド哲学思想の源泉であり、B.C.800年から500年頃の成立である。ここでは、多数の自然神はブラーフマン(梵)という唯一の霊体に統一されこれが人間の霊魂であるアートマン(我)と同一視される。すなわち、アートマンは自我を示す一方、宇宙の本体の意を示す(アートマンはもと呼吸の意)。
ウパニシャッドでは梵我一如を説いた哲人はシャーンデイルャである。これを継承したウッダーラカアールニは古代の代表的哲学者である。個人及び世界は千差万別であるが、根底より見れば万物同一で、ブラーフマン・アートマンを中心本体とするのであり、量的差異があるのみである。「汝はそれなり」「我は梵なり」はウパニシャッドの二大格言である。また絶対者は有であり、有から火・水・食物(地)を生じ、三大元素により万物は成立する。人間も同様であり、人間は真理たる有を悟ると死後完全に有と合一し、もはや再生せず解脱に至るという。なお、ヤージュニャ・ヴルキは、アートマンの本質を唯一絶対の純意識とし、主観客観を超越した言表に絶したもので、ただ「否、否」と表現されうるのみと説く。一切に根源たるアートマンの真理自覚が肝要とした。
第二 六派哲学 @ ミーマンサー学派 この学派は、ヴェーダを常住絶対の存在とし最高の権威とする。その言葉の神聖を証明するために、音・語・概念の関係を考察し、先験的常住を主張する(声常住論)。言語哲学により影響を与えた。
A ヴェーダーンタ学派 この派のうち最も有力な思想として後の思想に絶大な影響を与えたのは、シャンカラ(700−750)の不二一元論である。純知のみよる成る上梵のみが実在でありこれと個人存在の根本主体たる我とは同一である。他は虚妄とする点で不二一元論という。シャンカラは、不二一元であるべき我が経験界において二元であり、雑多である誤りの根本は無明(アウィドヤー)に由来するとした。無明すなわち無知はわれを信じないこと、断滅の見であるとし、暗黒に導くものである。しかし、また知に執着すれば同様に暗黒である。
真の知は知・無知以上の絶対のもので、全知の神を知ることである。真俗二諦の区別により不二論を説く。
バースカラはシャンカラの説に反対し、梵と命我とは一でも異でもないとした。不一不異説という。彼は一元の梵も雑多の現象も共に実在であるとした。
B サンキャ派 この派は精神と物質の二元、すなわち神我(プルシャ)と自性(プラクルテイ)を立てる。はじめ、二元の統一として最高梵を認めたが、後、無神論的二元論となる。
C ヨーガ派 「ヨーガ」のもともとの意味は、牛馬に道具をつけること或いは準備である。そこで、結びつける意から、絶対者の合一、或いは心的統一の意となる。人生の苦は明知によって無明が捨てられたとき、神我は物質的束縛を離れて完全性を回復し、解脱に到達する。
Dヴァイセーシカ学派(勝論派)この派はヴェーダに絶対的権威を認めず、真の解脱は次の六句義〔範疇〕の知にありとした。 1、実体(九)2、属性(十七)
3、運動(五)4、普遍 5、特殊 6、内属
これは多元的唯物論であり、万有を経験的分析的に考えた。
E ニャーャ学派 この派はヴェーダを人為的なものとする。Dとともに声無常論であり、自然哲学と論理学を主内容としている。因を明らかにすることで因明学派であり、東洋論理学・インド論理学に一応の貢献をした。
第三 インド教 紀元800年頃、バラモン教の復興として起こった。ウパニシャッドとヴェーダーンタ学派の影響を受けた。ヴィシュヌ(維持)・シヴァ(破壊)両神の台頭によってブラフマ(創造)とともに最高実在原理とする「一体三神」の教理がある。ヴィシュヌ派にバクティ(親愛道)ということがある。倫理実践の第三種の道たる親愛道は、「知の道」・「行の道」に先立つものとして、熱狂状態にまで感情を高める、これは仏教の鎮魂的信仰に対比される。
4、仏教
第一 三法印 三法印とは、仏教の表示する次の三つの根本義のことである。
@ 諸法無我 一切は因縁によってあらしめられるものである。因縁を離れて常一主宰の我はない。人間の具体的存在の構成要素はアートマンではないと否定する。
A 諸行無常 世の中は、永遠に自己同一を保って不変なる存在は内。バラモン教の常住の否認である。
B 涅槃寂静 苦悩を超克した精神の平和を意味する。有余涅槃、無余涅槃、無住処涅槃が説かれた。
第二 因縁 世界が梵の一元から創造されたという思想は否定されるべきである。シャカは宇宙がどうして出来たか、また永遠か否か解答しなかったと伝えられている。しかし、人間の生存する苦の人生は思索されなくてはならない、これが縁起論である(十二縁起説)。
第三 四諦八正道 これは三界(欲・色・無色)皆苦の苦を滅するために、苦は何によって由来するか、また苦を滅するにはどうしたらよいかを説いたものである。
四諦は、苦諦・集諦・滅諦・道諦であり、八正道は滅苦の方法である。
5、ジャイナ教
宇宙の構成は、霊魂と非霊魂(ダルマ・ァダルマ・虚空・物質)で、結局五つの実在体である。物質は原子よりなり下降性、霊魂は上昇性を有し、自らは一切知であり幸福であるが、物質が業の力によって業身を形成して繋縛する。これが苦しい輪廻の原因である。
これを脱するために難行苦行をすすめる。
ジャイナ教はヴェーダとその祭式を認めず、バラモンの特権に反対した。
ダルマ・・運動の条件、ァダルマ・・静止の条件
しかるにインド哲学の主流はバラモン教、インド教であり、梵と個人我の差別相、精神と物質界の相関相、明知と無明の思弁相、親愛道の実践相、業・輪廻・解脱の究明について思弁的学説を立てたのである。
(東洋の哲学U中国の哲学に続く)
(編集 茂木)