私達の教育改革通信

   11  2008/3

 

 

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教育の目的は未来にあり  

                海野和三郎

政治や経済では、通常、現在と将に来たらんとする将来のことが問題で、未だ来たらざる未来の事は考えない。しかし、21世紀となり、社会の変化の時間尺度が急速に短縮した結果、将来と未来が入り交じってきた。原因は、携帯電話など情報機器によるIT革命と地球環境問題とエネルギー問題であろう。たとえば、ガソリン国会である。ガソリンの値段がリットルあたり道路建設用税金分の25円下がれば、ガソリン利用者ひいては景気の上昇、市民の生活の安定につながるという民主党の議論がある。一方、ロンドン市では炭酸ガス排出を60%減らすための方策の一つとして、渋滞税を科し、ロンドン市内の道路を有料化してガソリン消費を減らす制度を実施し始めたという。多分、議論の視点が近い将来に注がれているか未来に注がれているかの違いであろう。一方、自民を主とする道路建設派の議論にも、将来道路か未来道路かの議論もないし、道路建設の経済効果、労働人口と資本主義自由経済との相関などについての議論もないようである。超多次元の複雑系である政治経済に対する議論を国会などで行うには、問題を単純化し、次元を1次元か2次元に下げて議論して多数決で決める以外にないが、その際に採用する次元の採り方は、従来為されてきた将来次元よりもむしろ未来次元を採用すべきであろう。ただし、未来次元の完全な予測は不可能であるから、失敗をカバーできる体制を同時に考えておくべきである。ガソリン問題に対しては、ロンドン市であればもっと未来次元に立って、民主党とは違った議論をしたであろう。自民党も民主党も全人類的視野に欠けているために、「うつくしい地球を日本から(大木浩)」を洞爺湖サミットでアピールできる惜しいチャンスを逃してしまった。

教育は政治・経済以上に複雑系である。荒っぽく言うと、政治や経済では複雑系に伴う混沌の制御が主たる目的になるが、教育では混沌の制御も必要だが、混沌からの新文化の創造がより重要だからである。産経新聞(20/2/1)に、日本人の生き甲斐「日本人は49才が最も不幸」という記事がでていた。英ウオーリック大A.オズワルド教授と米ダートマス大D.ブランチフラワー教授の共同研究によると、幸福度と年齢に相関関係があり、80ヶ国200万人以上の調査で、40才から50才までの人はそれ以下の若年層や60才以上の高齢層より幸福度が低い、という。オズワルド教授は、「明確な理由は分からない」としながらも、@中年時代に実現不可能な夢をあきらめるA高齢者は友人の死を目の当りにして残りの年月に大きな価値を見出す」、という。教育の目的は、国家社会レベルから個人レベルまで色々あるが、「生き甲斐」は、個人レベルでは教育の最重要課題である。

オズワルド教授による中年の失望の説明は、まあ、いいとしても、老年の幸福の説明は今ひとつピント来ない。むしろ、中年の失望は自力による将来への期待感の喪失、老年の幸福は未来に貢献できる期待感の復活と見てはどうであろうか。現代人に至る動物進化の歴史の中で、すべての動物は子を産まなくなると間もなく死ぬのが通例である、現代人に到り、孫子の世話をやく老婆心が現代人の寿命を延ばしたという説を人類学の人から聞いたことがある。女性の方が男性より長命であることとも矛盾しない。壮年までは、未来は自分が築くものである。しかし、老年になると夢のある未来を築くには子々孫々に到るジェネレーションに未来を明るくする智慧を伝授すればよいし、さもなくば、永遠の宇宙自然の中に陶然と無為で過ごしても良い。結論として云えることは、教育に於いては、将来も大事だが未来はもっと大事だということである。「教育とは未来の人との話し合いである」(吉川弘之)というのはそのことであろう。

教育が政治・経済以上に複雑系である理由は、国家社会レベルと個人レベルと両者の相関があるだけでなく、個人レベルにおいても能力、人格、生き甲斐とそれらの相関の教育がある点である。高等教育に関しては、能力教育は制度的に、どういう大学を造るかなど国家社会レベルの問題で、個人レベルでは自己の得意とする分野を選択し生き甲斐を増す事が目的となる。初等中等教育では、国家社会レベルと個人レベルとが多次元的に入り交じる。従って、問題とする世界を限定しない限り、議論は収束しない。初等中等教育の難しさは其処にある。産経新聞(2/2)教育欄に政策大学院大学岡本薫教授「モラルは統一できない」は、モラルとルールの二元論的教育論で、非論理的な日本的思考の短所を突いた鋭い議論である。ルール違反でないのに非難される典型が「高校野球での敬遠への非難」で、ルール違反なのに非難されない典型が「テロである忠臣蔵への賛美」であるという。憲法のもとで、「良くない行動」とは「ルール違反の行動」のみで、「ルールを守る」教育を徹底すればよい、何でも「モラル・心・意識の問題」にするから「ルール違反」を撲滅できない。「すべての子供に共通して持たせるべき心」があるとすれば、それは「ルールを守ろうとする心」だけである、という。分かりやすい議論であるが、少なくとも三元論的にしないと、いわゆる犬儒思想に陥り、急激な時代の変化に対応できない。ルールとそれ以外とに二分した点が問題である。初等教育を論ずるには、モラルとルールという座標軸を採るならば、老荘でいう「道」玉城康四郎のいうダンマといった人為を超えて且つ人為と一体になった理法をもう一つの座標軸に採る必要がある。高校野球の敬遠や忠臣蔵は、好き嫌いの問題で、ルール違反かどうかという座標軸とは殆ど直交している。逆に、ルールに違反しなければ、「道」を無視して何をしても良いとすると、不運の人を責めて死に追いやったりしても正義であり、スポーツでも反則ぎりぎりのプレーがフェアプレーであったりする。モラルと「道」とが相関が強すぎるならば、モラルの代りに未来性を採り、ルールと「道」と未来の幸せを初等教育の3点セットにしてはどうであろうか。教育は超多次元の業であるから、昔は、礼楽射御書数・仁義礼知信、自然環境としては地水火風空の業の修得が大切にされたが、初等教育の目標としてはいささか煩雑に過ぎる。どちらかと言えば西欧的なルール主義と東洋的な「道」または宇宙主義を2軸にとり、初等教育の第3軸は命・時間における未来主義を採るのが至当であろう。

「生きる力」「生き甲斐」は、最近の親殺し子殺し、いじめ、殺人などにも極めて切実な問題である。しかし、地球や人類の未来に対する危機は、逆説的に、短い人生が未来を明るくする事に貢献できる好機を全ての人に提供している。ヘレン・ケラーの教訓は、逆境にある人ほど多くの人に勇気と感動を与えることができることを示している。

地球母さん           水木鈴子

キラキラの緑豊かな美しい水の惑星・・地球星!

その母なる大地は全生命体(無数の動物・植物・鉱物・人間)のすべてを我が子と信じ、限りない無限の愛をわけへだてなく与えて下さり  万象万物が無差別、無所得の愛で生かされています。

地球母さんはどの子もどの子も可愛いく いとほしく 気の遠くなるような年月を重ねて忍耐強く子育てに心を配って下さっています。

 生命体をたくさん生んで育てることは地球母さんの誇りであり尊いご使命だからでございましよう。

 とりわけ、花たちは気高く、初々しく、決して不平や不満を言わず 地球母さんの美の教えを忠実に守り 母さんの愛を素直に感じ、素直に表現し 地上を美化し、幸福の波動を 全宇宙に向けて放射しているのでございましょう。 もし、あなたが生きていくのが辛くなったり疲れた時は、地べたを素足で歩いてごらんなさいな! のんびりとねそべって、手足をゆっくりゆっくり のばしてごらんなさいな!

 あなたの心いっぱいに体一杯に、ジワジワとポカポカと地球母さんの肌のぬくもり(地熱)が伝わってきて 身も心もやさしく包んで下さる母さんの愛を感じて、もう あなたは一人ぼっちの存在ではないことに気付くことでございましょう。

「女性は肉体生命の創造とその生命を豊かな感性でもって護り育てていく大切なお役目がありますよ!」と私たちに身をもってお教え下さっているように思えます。私達人間は美しい自然がないと生きていけません。何百年何千年と姿を変えなかった海や山や川や大地が 私達の世代で大きく姿を変えようとしています。 干ばつで土地が砂漠化し木を切り倒して山を崩し、すでに世界の熱帯雨林はもう修復がきかない程 破壊されていると言われています。

地球母さんの子育てにとって大切な掛け布団代わりの大気は化石燃料の廃棄ガスで汚され、敷き布団代わりの大地は農薬で汚されております。

また、毎日のように世界のあちらこちらで紛争やテロが起き 貴い命が地上から消えております。 その上、温暖化や洪水や干ばつによる食糧不足で    たくさんの人々が飢えて亡くなっておられます。

地球母さんご自身もやんちゃな子供たちによって体がボロボロになりながらも そんな子供たちの苦しみや悲しさ辛さを肌で感じ 日夜なげき悲しみ泣いておられます。

私達 人間と言う子供たちは すべてを与え生かして下さる地球母さんに対して感謝の心と報恩行を久しく忘れてしまっております。 私達は便利さや快適さや物質的な豊かさばかりを求め、大地から生まれて大地に還ると言う大自然の法則をおかしてしまい、燃えないもの、こわれないもの、くさらないものを地上にたくさん作ってしまいました。

地球母さんの他の子供たち(無数の動物・鳥・魚・植物・花・鉱物)にも多大なご迷惑をお掛けいたしております。 たくさんの自然を破壊してしまったことを今こそ今こそ真剣に反省し、母さんに心からお詫び申し上げ 一刻も早く大調和の生き方に変えなければなりません。

無条件の愛で生かして下さる母さんに習って、お互いに助け合い 話し合い 許し合い 分かち合い 生かし合って生きていかなければ・・・・  そして 地球母さんが心から喜んで下さるような思いやりの花 いたわりの花を胸一杯咲かせて 母さんと同じようにやさしくたくましく与え続ける おおらかな生き方をしなければなりません。 それが今までたくさんの たくさんのご無礼をしてしまいました地球母さんへの 心からのお詫びとご恩返しではないかと存じます。

大好きな地球母さんが喜んで下さる 愛と光の花を毎日の思いと行いの中で咲かせていきたいものでございます。 ありがとうございます

地球母さま         みずき すずこ

 

 

随筆玉山新高山標高        周明徳

昭和二十年(1945)元旦の夜明け、我々新高山測候所勤務者一同18名(高砂族警丁10名を含む)は藤沢正義技師引率のもと、一面白雪皚々たる観測露場まえで整列し、旭日に向かって宮城遙拝の儀式をおこなった。同年の終戦により、これが筆者にとって最後の宮城遙拝になるとは神ならぬ身とて知るよしも無かった。閑話休題:

東亜の山岳を睥睨せる台湾山脈の最高峰である玉山の呼称は清・康煕36年(AD1697)発行の書《蕃境補遺》に始めて出現し、その記述に次の一句があった:「可望不可即」(眺望得べくも近づくあたわず)。他方、玉山の英名は160年後(AD1857)安平港に停泊した英船Alexander号の船長が自分の名をとって“Mt.Morrison”とつけた。さて、玉山標高(主峰をさす、以下同じ)の由来を筆者が調査すれば、最初に報じられたのはナント日本初の従軍記者“岸田吟香”によったものである。即ち明治4年(AD1871)恒春半島で発生した牡丹社事件3年後に於ける台湾征伐(AD1874)中に帰国の途についた彼は台湾東部海上で、輸送船「有功丸」の船長(英人)の談話により、玉山は富士山より約200フィート高い(つまり3,846m)と聞かされた。

これより21年経ち、日本が下関条約によって台湾を領有するや、政府は数年の中に約10人の測量員(ドイツ人一名を含む)を馘首の悪習をもつ危険な「化外之地」(文化圏外の地)の蕃境に派遣し、数回に亘り玉山標高を測量したが誤差が大きかった(3,8184,242m)。そして明治36年(1903)になると、台湾総督府拓殖産局が陸軍測量部の支援を得て、「三角測量網法」によって3年余の歳月を費やし、縮尺1:50,000の正確な台湾地図を完成させた。この地図にある玉山の標高は3,945mであった。

同年(1903)7月6日、この地図をご覧になった明治天皇は殊のほか喜ばれ、そして玉山を「新高山」と改称して「拓殖務省告示第6号」で公布した。この際にあの有名な御製を詠んだ:  新高の 山の麓の民ぐさも 

繁りまさると 聞くぞうれしき

下って昭和の御世になると、日本陸軍測量部が再び天下のこの名岳・新高山をば精密に測量し直し、その結果3,950mと改正した。これが世界公認の新高山標高として太平洋戦争の終戦を迎えるのであった。では、戦後の新高山(玉山)標高に移ろう。

そもそも太平洋戦争終結後の数年間、台湾では戦災の復興は遅々として進まず、加うるに経済が低迷し続いたが、新高山の呼称は手際よく玉山に復元された。無論この標高は世界公認の3,950mのままであった。ところが中華民国政府が(蒋介石政権)の首都が南京市より台北市に遷都されてより9年経った民国48(1959)、≪中華民国地図集≫に玉山の新しい標高3,997m(従来より47m高い)が忽然として出現した。

この時分、玉山の頂上に建った蒋介石政権の元老・于右任の銅像高度(3m)を加えると、玉山の新しい頂上は丁度4,000mになる----と台湾のメデイアで囃子立てられた。爾後、玉山標高に関する記載(日本の≪理科年表>を含む国内外の書籍)は、この捏造に雷同して3,997mに逐次切換えられた。

ところが玉山主峰と指呼の間にある玉山北峯(玉山気象站[旧称:新高山測候所]の所在峰)の標高は根拠なしでは塗改されない。前述の捏造(雷同した玉山標高)を筆者が指摘して拙著≪海天雑文≫(1994年刊)に収録した。思うに、この指摘の要点とは:終戦このかた台湾の地勢で、隆起や陥没などの地質現象がなかったことである。

次はこの指摘の正当性を示す写真を転載し、若干の説明を加えてご覧に供しよう。足掛け1/4世紀を米国で過ごした筆者は、三ヶ月ほど前に熟語「葉落帰根」の常理にのっとり、夫妻の残燭を故郷・淡水で過ごすべく帰台した。ところで、先月、一同郷人より6年前に玉山を踏破した写真を見させてもらった際、前記の捏造された標高数字は消えうせ、従来と余り違わない数字が目にとまった。この写真には山頂を汚した于右任の銅像は、蒋介石政権の衰退によって取り除かれ、そして「玉山主峰標高3952公尺」と陰刻された自然石がこれに替わった。(公尺はメートル)

政治汚染によって捏造された標高数字を含む銅像は掃清され、玉山の美しい原貌の写真を見た筆者は、過ぎし日の新高山測候所勤務に思いを馳せ、感慨無量なるものがあった。本文の冒頭にある旭日に向かって宮城遙拝をした台湾気象会員の現存者は、筆者と大阪市在住の深村宏さんだけである。ともあれ、新高山測候所での思い出は尽きない。(2007-4-22)

写真: 玉山主峰

(標高3952公尺)

下の碑文

 2001年4月某日午前、筆者の一同郷人が玉山主峰の頂上で撮ったこの石碑の向きは北である。この後方に 玉山南峰(3,815m),関山(3,667m),卑南山(3,305m)諸岳が続き、そして地平線の彼方が恒春半島である。尚、前方にある対句の碑文[願 心清如玉 正義重如山]を示す。

 

 

対話の意図とその背景       栗村典男

 前号からの続き

一つには、社会的に対等な関係下での平等な責任における対等、平等な変化の必要性という表現に問題がある。対話者が、対等性に高い価値を置くことを共通理解しているときでも、また、対話による変化必要性を相互が対等、平等に認め合っていても、一方、或いは双方が、思考や現実生活の根源に、変化拒否的で思考停止的、絶対的前提、一般的には、思考停止的に固着した価値観や信念などを思考、判断の根源に持っていることは少なくはない。それが現実の人間関係、社会関係において表面化し、問題の原因、或いは関係因となっている場合、果たして、そこで対話に期待される発展的(深化、拡大的)変化を生じさせるような展開が可能であるか、ということが疑問となる。更には、その疑問以前の段階として、先のような思考停止的で絶対的前提を持った人による対話では、そのような前提を対話対象としたときに対話そのものが意味を持って展開し得るのか、という根本的問題があると考えられよう。

 例えば、一元論者が、その一元論的思想に対して思考停止的で揺るぎのない信念を持ち、それへの疑念を抱くことは自己の信念に基づいて形成、維持している自己存在を揺るがすこととして拒否している場合、その信念やそれに基づく諸行為が社会生活上の対立の原因になっているとして対立相手から変化を期待して対話を求められても、思考停止的、絶対的前提に対する揺るぎがない限り、対話による発展的変化は期待できないということになる。

強固な信念的一元論者などが対話を求めるのは、その不動に近い強固な信念などが対立の原因の一つとなっていることに対しても、相手方による一元論者などの持つ信念への理解の発展的変化、或いは、相手方による一元論者などの思想や心情などへの理解に基づく承認的、受容・許容的理解と対応による関係好転、問題解決や緩和的変化を期待し、求めているだけで、自身の絶対的前提に対する懐疑の発生や転換的変化への意志は当初より持っていないことが少なくはない。その限りでは、そこでの対話要求は、相手の変化への期待のみという一方通行的で、相手との関係改善のための自己の思考や判断、それに基づく行動の深化、拡大的変化を拒否したままのものでしかない、といえる。その限りでは対話をすることの意味は、少なくとも自身の思考の前提、根拠などへの疑問、ましてや問題性を自覚していない相手にとっては殆どないことになる。

現実場面において、思考停止的、絶対的前提を持った一元論者などが、問題解決的、或いは関係改善的対話を求める時、その時点での関係で生じている問題などの根源に自身の固定化した信念などがあると相手から問題指摘(提起)されたならば、その一元論者などはどのように考え、対応することができるであろうか。仮に、その固定化した信念、というより思考停止的、絶対的前提を公共の場での議論、検討の対象とすることを同意するとしたならば、そこでのその一元論者などの心情には二つの内のどちらかがなければならない。

一つは、自身の絶対的前提を相手方が理解し得ていないために、対立的状況が生じているのであるから、相手の理解が深化、拡大すれば、自身の絶対的前提を相手方と共有できるから、自身の持つ絶対的前提を変化させる、即ち自身が変化する必要はないであろう、というものである。この限りでは、対立の原因、責任は全て相手方にあるという理解を前提としているということから、関係者の対等的責任としての「双方」の深化、拡大的変化ということには意味はなく、従って、自身が変化する必要性はない、ということになる。これは、歴史の過程や現実を見たとき、社会的価値観、思想などの発展的変革時、思想的、政治的先覚者、或いは先駆者などが自身の持つ先見的、開明的思想などを理解できない一般市民に対して抱いてきた心情、態度などにしばしば認められるものといえなくはない。

今一つは、対等、平等を承認し合った関係における相互の価値観や信念などの対立場面での心情である。それは、当人の一元論的思想への信念などが、自身の存在の根源部分に関わるものであり、それ故に全ての思考や行動の根源にあり、それこそが絶対的前提であると思考停止的に信じている場合、それでもその絶対的前提を議論、検討の場に曝すことを同意するということから生じる自己崩壊的自己矛盾である。理論的には、その絶対的前提を対話、議論の対象とすることに同意するということは、その絶対的前提への疑念を自身が抱いていることになり、その疑念を抱くということは、その前提が思考停止的でも根源的、絶対的なものではなく、自身の拠って立っていた一元論的思想への信念などへの揺らぎでもあることから、その疑念を抱いた時点から、というより、その前段階から、自身はその一元論を思考停止的、絶対的信念としては持っていなかった、理論的には懐疑論者であったという自己矛盾に陥ることを意味している。従って、それでも懐疑論者であることを拒否して対話を求めたり、受け入れたりするならば、自己は正当で、相手のみが誤っているなどという先の立場に立つことになり、そこでは、対等性、平等性を前提とした相互の発展的展開必要性を認め、期待し合うという本質的な対話を認めないことになる。その否定、拒否的姿勢からは、発展的変化を期待する対話の効果は得られないということでもある。

今一度、視点を変えて考えてみたい。例えば、一元論者などの対話展開要求の前提には、その対話の関係が対等、平等なものであろうとする限り、一元論者なども自身の信念的であるが故に思考停止的絶対的前提としていることも、そこに対する深化、拡大的変化可能性への期待、信頼、そして自身の覚悟、自覚が不可欠であるということ、即ち、一元論的思想への信念に対する何らかの懐疑が必要でなければならない、ということがあった。然し、それは必ずしも固着的、固定的信念というものを全面的に否定することではなく、その固定的信念というものをより本質的、根源的、或いはより普遍的な理解への思考姿勢そのものとすることによって、社会的に肯定的に受け入れられるということも考えられる。

現実の生活過程にあっては、常に生き、生活するという行動の前提には何らかの判断、選択、決断が必要であり、その段階での思考、判断基準の所有は不可欠である。とはいえ、完全なる価値(観)、思考に到達することは不可能な、それ故に完全、絶対への接近過程としての発展的変化過程にある人間、即ち、常に流動(変化)的過程内存在、別言すれば、成熟、成長、進化、発展、そして衰退などの過程、途上にある生命体としての人間やその集合体としての社会にとっては、完全という意味での究極の状態、状況は得られない。まして、時間的、空間的要素を持った判断なども総合して考察することが必要という条件下では、不変的、普遍的で絶対的な正当性や妥当性を持った判断はあり得ず、生活過程での判断は常に成長、発展、そして、他者との共生を志向した、限られた条件下での暫定的、段階的な比較による最善なものしか得られない。この人間の根源的特性としての流動的過程内存在性を認めるならば、固定的、思考停止的信念は自己や自己の所属する集団の発展的変化に伴う福祉の向上可能性を否定、或いは拒否することを意味する。そこで、信念を持つことを積極的に支持できるのは、個人や集団は不可避の拡大的「変化可能性」を持つ段階的存在であるということへの信頼としての信念を持つ場合であって、この変化過程での固定的な信念としての絶対的前提とするものは、多くの場合、個人は勿論のこと集団にとっても、一時的、部分的安定に寄与できるものに過ぎない、ということを理解することによって成り立つ。変化忌避的で、時間性や空間性というものを条件固定的に願望(志向)する姿勢では、文化的、社会的環境の変化、更には自然環境の変化さえ不可避な状況下での人間の生活にあって、長期的、大局的に見れば、結果としては求めていた福祉の形成、維持を損なうことにならざるを得ないであろう。繰り返すが、始(誕生)期、成熟・成長期、熟成期、そして終(終末)期という過程経過が不可避な変化連続体としての人間という生命体は、個人的にも集団(種)的にも、停止、停滞が許されない存在である。その不可避の変化性を認め、自覚することによって、その変化内容を個人や集団にとってより価値の高いものにするように意志し、思索を深め、広げ、判断、決断して行動化し、その結果として文化などの進化、発展という現象を生み出し得ていると理解することによって初めて自然な変化としての成長、発展的生活が、そして、その変化過程内存在としての変化対応的安定志向のみが自然な人間としての存在と生活を形成、維持できると考えるべきでなかろうか。従って、観念的、普遍的価値追究過程においても、不変的側面を持った絶対的普遍性は得難く、相対的、或いは過程的普遍性でしかないという理解こそが、生き続けている人間にとっての最善の肯定的理解といえるのかもしれない。

少し元に戻るが、一元論信念者などは、その信念的理論を外部に向かって一般化し、普遍化できるものと考えたり、或いはそれらの可能性の実現を他者に要求したりする、ということではなく、純粋に個人的、内面的な思考、生活の分野におけるものとして社会性、社会的事象と関係のない分野に限定し、その限りでの一元論的思想への信念を持つことを社会的に容認されることを求めての対話要求は、一つの考え方として社会的承認が得られると考えるのであろうか。然し、そこにも矛盾がある。何故ならば、その信念が純粋に個人的、内面的なものであるとするならば、それが原因で社会的対立や葛藤などという表面化した問題となることはあり得ず、それ故に、それを社会的行為としての対話の対象とすることに意味はなくなる。従って、対話要求者は、その絶対的前提としている信念が社会的な問題として表出しているものの直接的、間接的な原因となっている限り、自身の信念的である、思考停止的で絶対的前提を社会の共通関心の対象として共有し、その信念を、思考停止的で絶対的前提とすることを放棄することからしか対等、平等な社会関係下での対話は成立もしなければ、発展的展開もしないことへの理解、自覚、覚悟が必要といえよう。

「対話」というものの肯定的側面、価値を認め、対話を積極的に展開すること、それを一般化するためには、教育が大きな役割を持ち得ることが理解される。そこでの教育の役割としては、対話を究極の時点で阻害する思考停止的、絶対的前提を持つということの意味、本質を考える姿勢を習得させることにあろう。とはいえ、それは必ずしも懐疑論者にするということではなく、少なくとも円満な社会生活を求めるならば、対立的、思考停止的、絶対的前提を持つことは、当人の求めるものの本質(人間らしさ、幸福、安定等など?)に近づいたり実現させたりすることには障害となりやすい、という理解の学習、習得の程度ではあって欲しい。とはいえ、人間の諸能力を超えたものやことから生じる不安への対応は、何かを無条件に信じることによってしか解消できないとすれば、懐疑論者が陥りやすい不安は不安のままに残すしかないのであろうか。

 

公教育の危機的状況      海野和三郎

マスコミの報道特にその評価の真実さに限界があることは常識だが、真面目なジャーナリズムの論説はついそのまま受け入れられやすい。しかし、教育に関しては、記事の裏の裏を読む必要がある。産経新聞(2/18)「公教育を問う、“ゆとり”のさきに」{自信を失った若者たち}の見出しで、福島県立相馬高校2年生14名が元文部大臣有馬朗人氏を訪ねたときの記事がでていた。その前に、生徒の研究発表:「学力低下の要因の一つは『ゆとり教育』」「授業で習うことが社会で役に煮立たないから、学習意欲・関心が低下している」「教員の質も問題だ」・・というお膳立てがあって、それを詰問のような形で有馬さんに産経新聞がとりついだらしい。有馬さんは、物理学者としては常識もあり、人柄も良く包容力があり、東大総長も無難に務めたが、その有能さを買われて公教育の週休二日制実施の難局をどう切り抜けるかを指導する大役背負うことになってしまった。優れた人格と見識の持ち主であれば東大総長は誰にでも務まる、しかし、公教育の週休二日制への移行は、教育の超多次元性から考えて、多次元の能力を必要とする。秀才教育を一筋に突き進んだ大秀才の有馬さんには、平凡でかつ多様な人々を大量に抱えた多次元社会の公教育を大幅に変える大改革を行うのは荷が重すぎることであった。

産業革命以来、化石燃料をエネルギー源とする機械化文明により、一人一人の生産能率は格段に高まり、大量生産大量消費の時代となったが、その行き過ぎは、化石燃料の枯渇と環境問題・人口問題を引きおこすことになり、その余波が「日本人の働き過ぎ」を緩和する週休2日制運動となった。しかし、公教育に週休2日制を持ち込むかどうかは、教育が政治や経済などよりも遥に高次元の複雑系であるので、もっと慎重に対処すべきであったが、単一化の好きな日本の風土では日教組の“教師は聖職でなく労働者”とする主張が主流となった。それと共に、従来の“つめこみ(勉強)”型、二宮金次郎式の“学ぶ”教育の欠点をカバーする意味で、激しい時代変化に適応するための“自分で考え、創る”タイプの教育への転換が意図されることとなった。「ゆとり教育」という標語は誰の発明かはしらないが、改革にはすべてプラスがあればマイナスが伴うものであるから、特に超多次元の教育問題に対する改革の表現にしては、不用意かつ軽薄のそしりを免れない。

有馬さんがあっさり週休2日制を受け入れた理由としては、総合課目の創成に期待したものと思われるが、激しい国際化・情報化・文明進化時間短縮の下で週休2日制による教育時間の短縮の追い打ちがあっては、教師と生徒がともに有馬さんほどの秀才であれば話は別であるが、到底満足な教育が出来るはずはない。「ゆとり教育」の目指したものについて「教育の目的は不測の事態への適応力をつけるための訓練。たかめるには知識などの学力が3割、意欲や思考力などが7割、が心理学の定説だ。前回の改訂は学力訓練に注力しすぎた教育を正すためだった」「できた余裕が生かされず、マイナスだけが出てきた」(田村哲夫)、とあるが、激しい時代変化の時に余裕など出来るはずはなく、改革のマイナスだけが出てくるのは予期できる事であった。

では、どうすればよいか。「ゆとり教育」の欠点は、まず学力低下に現れた。評価は評価の基準で大幅に変わりうるから、有馬さんの「学力は低下していない」とする強弁に反論するのは容易でないが、おとぎ話や、文語体の和歌俳句や唱歌、古典文学などが殆ど影をひそめた教科書での小中学校教育で国語力、表現力、思考力が落ちない筈はないように思われる。教育再生会議の第三次報告を見ると、7つの柱の第1に、1.学力の向上に徹底的に取り組む:未来を切り拓く学力の育成、が上げられている。その中に教科書の改革・充実も上げられている。しかし、同時に小学校からの英語教育、環境教育などの充実も要望されている。これを週5日制でどう捌くか、大問題である。私の幼稚な提案は、幼稚園・小学校から、文語体や英語の民謡を歌わせて覚えさせることである。わけも分からず覚えた歌が、その後の国語力・外国語力・ひいては国際親善などにどれだけ役立つことか。

教育再生会議の第三次報告には、「2.徳育と体育で、健全な子供を育てる」があるが、徳育の問題は又の機会にゆずり、学力の問題の解決策をもう少し探ることにしよう。だが、その解決策は架空のものでなく、すでにその原型が存在しているものでなければ実現される可能性は殆どない。

朝日新聞(2/3)に「学校と塾の連携どこまで」「批判は具体的な対案で」という見出しで、公立中学校(杉並区立和田中学校、藤原和博校長)で、放課後進学塾が授業をする、公教育と教育産業の連携のことが出ていた。主体はボランティア組織「地域本部」、30人を超える教師志望の学生、保護者のOB・OG,団塊世代のリタイヤー組などが参加している、という。「受験準備偏重を恐れる」という藤田英典国際基督教大教授のコメントがついているが、具体的対案にはなっていない。記事の中に「面白いことが起きた。自信をつけた子が、自然に仲間に教えるようになった。普段の学校の授業でもリーダーシップを発揮するようになり、互いに学び合う雰囲気が生まれた。英語が苦手な子も変わっていき、杉並区の学力テストの順位が跳ね上がった。上位の一部が伸びたのでなく、生徒全体が上がったのだ」とある。これは、少ない教師で多くの生徒を教えなければいけない発展途上国の教育や教育援助にも使える。更につけ加えるならば、日本人の平均寿命はこの50年間に20才くらい伸びている。この老人パワーを公教育に活用し、高齢者のボケ防止兼生き甲斐にするならば、一石五鳥くらいの利があるであろう。

 

手紙                山田光男

海野和三郎兄 

旧制松本高校の臨時同窓会・総会が3月25日午後

1時から松高文化会館であるとのこと。同窓会存続可否が議題の由。小生は豊島貢兄と相談の上で出席予定です。

 今年が日仏修好150周年の記念の年というので、

放射線障害死の亡父が蘇り、日仏薬学会という小さなサー

クルの集まりですが講演することになりました。 また、

7月にはフランスの科学史家ポアロアさん(キュリー夫人

伝の著者)が来日してアイソトープ協会、化学史学会、そ

の他で講演の予定となりました。これも海野君のホーム

ぺージ(教育通信のこと?)のお陰で名古屋の川島慶子

先生とのご縁が出来たのが端緒と思います。有難うござ

いました。なお、海野君が主宰される神田の大学で亡父

(註:山田延男、キューリー夫人のラジウム放射能実験し

て亡くなった;放射線障害の知られていない時代のこと

である)の史実紹介をさせて戴いてもと思っております

寒さの折から、ご自愛ください。     山田光男

星間通信には、「暗号」でなく「明号」を使う

  横尾広光

 異星人どおしの対話、コンタクトは暗号のやりとりであるかのように想像されているようである。しかし、暗号の打ち合わせのない今、よく目立ち、分かりやすい「明号」を用いる必要がある。同じ地球人どおしでも、時代が違い、環境が違い、経験が違うと、たとえ共通の言葉を使っても話が伝わらないことがしばしば起こる。その場合は、「明号」をつくるコツを利用して対話する必要がある。「明号対話」は言葉だけとは限らない。しかし、それに熟達する技術は、まず、暗号解読の技術に学ぶ必要がある。

論理、耳と目の感覚、物質的世界構造

暗号(明号)解読は、向こうとこちらとで共通なものを土台にする。共通なものは3つある。論理は宇宙共通であるかとおもわれて、とくに数学万能と思いがちだが本当であろうか。数理論理学にはゲーデルの不完全性定理がある。また代数規則は a(b+c)=ab+ac といったように限定条件(記号論理の定義)が付けられたものである。論理の起源は、古代都市の広場で、民主主義のもとで討論していた仕方を分析してまとめられたものである。“発見”されたものである。それは言語と頭脳に基づいている。

感覚の方がもっと共通だ。つまり眼と耳である。より低位な生命一般レベルにもとづく。音楽は論理学より以前から研究されてきた。耳感覚に“数”を結合し、“調和”という音律と音階の考察から“りくつ”が生まれてきた。琴の弦が響き合う問題である。そして数秘楽になった。ピタゴラス派がそうであり、今でもナンバーズという競馬必勝法がある。

数の神秘、調和の神秘は宇宙の統一性を保証するものと思われて、古来、天文学とも縁が深かった。想定される統一した宇宙像と観測で築き上げていく宇宙像との闘争が天文学史の内容である。ピタゴラスのカンマといって、2から3をつくりだすのに、2の19乗と3の12乗がほぼ近いことを使う時、52万4288と53万1441では差があるのでどう処理するかという問題がある。中国では同じことを三分損益法といって暦の諸定数を結びつける問題として扱かった。中国の哲人が琴をかたわらに置いて論じている絵をよくみかける。伊のガリレオの父は音楽理論家だった。その息子は父に反発したあまり、独のケプラーから贈られた本の調和の法則をわざと無視した。調和の考えによってケプラーは惑星の発する音階も延べている。英のニュートンは色彩論に調和を持ち込もうとし、W.ハーシェルは音楽家だったがスミスの和声学などの本を読むことからグリニッジ天文台のプロなどとは異なった大天文学者への道をたどった。独のヘーゲルがケプラーをたたえるあまりに神秘数の理屈から小惑星を否定して恥をかいたことは有名である。近くは、統一を焦った人に英のエディントンがいる。深遠な数理論である。この様に地球文明では音感覚の理論の歴史は根深いから、向こうの異星文化でもそうかもしれない。前衛音楽(前衛は理屈先行型が普通)がSF映画のコンタクトものに盛んに使われるのは理由があるわけだ。

耳の次は目だが、眼の感覚は実に広い大きな世界をあたえてくれる。視覚が数学と結びつくのは、ピタゴラスの定理とピタゴラス数(3,4,5など)によって幾何学が成立し、デカルトによって代数学とつながったいきさつがある。(ここで布織りがヒントになったとおもわれる)結局、図や絵で表すのが、共通物を指示するのに最も都合がよい。

臭覚は異性間通信には有用だが、異星間通信にはどうか分からない。身体やものを使う手もある。横尾広光と大島泰郎は生物手紙という方法を考え、ビールスのDNA配列の内に“怪しい”部分、メッセージかもしれない配列のあることを指摘したことがある。

生物手紙というのは、遺伝子工学で生命にメッセージを組み込んで異星に配布或いは散布して、到着した惑星上でそれが生き残って子孫を残すと、同時にメッセージも残っていくという方法である。あるとき惑星上の文明がそれを読むこともあろう。DNAに書かれている。

生物手紙仮説のテストとして、大腸菌バクテリオファージφX174の配列を調べた。このウィルスは最小サイズで有名であり、目立つ。そのATCG文字数は5386個である。目立つ特徴として重複遺伝子(1つの配列で2種のアミノ酸を指定)の存在がある。

重複部分に転写ミスがあれば子孫を残さないから、ここは安定で雑音に強い。メッセージを組み込むならこの部分であろう。2箇所の重複部分は363文字、273文字であった。つまり121語、91語であった。121=11×11,91=7×13でいずれも素数の積である。

そもそも受け取った1次配列から2次元の図をつくるためには、走査するための何行何列かの指定がないといけない。送信字数が素数×素数にしてあれば2枚の図しかないので、素数の積が字数というアイデアが火星人にサーチライトで通信する試みのときからあった。とするとわれわれが得た配列は実に都合が良いではないか。ささやかながら解読ブームが生じた。視覚的表現と数を結合するとき、ピタゴラスの定理だけでなく、素数も大切なものである。これにはげまされて以下の考察に進む。

双子素数 素数を扱う分野は数論とよばれる。素数分布がそこでの大テーマである。われわれの素数の積というのもこの分野である。

素数分布で目立つのは11と13のように双子になった素数ペアである。これを双子素数というが、それについて一般的な表式はない。手探りで調べるだけである。また素数分布にはムラがあり、所々に素数のない空白の“窓”がある。したがって窓のところに(低雑音部)に双子素数があれば、もっともよい目印である。異星文化間で明号で図をやりとりするのに素数がかんけいし、それも窓にある双子素数がつかわれる可能性がある。

判定条件の提案

受信信号が異星からのメッセージかどうか判定する条件はいくつもあるだろう。ここでのすいろんから、その字数が、窓にある双子素数の積であればより確度が高い、という新しい判定基準を提案したい。それは11×13,137×139,179×181,419×421,・・・である。ただし窓はメノコで選りだした。

まだ異星人からのコンタクト待ちだけれど、とりあえずは生物手紙の流儀で全解読DNA中の重複遺伝子をテストしていくことにすれば作業はすすむ。

 

大正の小学校修身

(探求:モラルの崩壊を考える25号;

ストップtheモラル崩壊道徳教育(加藤一雄)より引用)

尋常小学校1年修身

「オジサン、オジサン ノ トコロ ノ ニワトリガ、

ウチ ヘ キテ、 タマゴ ヲ ウミマシタヨ」ト イッテ、セイキチ ガ、タマゴ ヲ ワタシテ イマス。」

セイキチが庭をホーキで掃いているおじさんに卵を渡す絵が描かれている。徳目は書いてない。この絵と文を読んだ子どもたちはセイキチの行為に共感したであろう。共感すること、これが道徳なのだ。

「タケコ ノ オカアサンハ、ビョウキ デ、オキラレマセン。 キンジョ ノ ヒトガ キテ、ガッコウ ヘ モッテ イク オベントウ ヲ コシラエテアゲマシタ。」

 ここには、布団に横たわりながら枕から頭を起こした母親と近所のおばさんがタケコに弁当箱をわたしている絵が描かれている。母親の「すみませんね」という声がきこえてくるようだ。 

「コドモガ、オオゼイアツマッテ イマス。目ノミエナイ コドモ モ イマス。テ ヲ ヒイテアゲタリ、モノ ヲ トッテアゲタリ シテ、ミンナイッショ ニ、 タノシク アソンデ イマス。」

 これは、説明するまでもあるまい。このような教科書を使って、大正時代はどのような授業をしていたのであろうか。・・[このあと、実際の授業例として、尋常小学校2年生の「くふうせよ」の紹介もあるが、紙数のため省略]

(編集者は昭和6年、この修身教科書で学んだように思う。

感銘を受けた覚えはないが、イジメは全くなかった。)

                  (編集:海野)