市民と市政をつなぐ議会傍聴情報 2011年10月29日発行
第57号 号

お
目 次
9月議会喜怒こもごも 代表
神津幸夫 ・・・・・・ 2
議会の有り様 (2) 永山 深沢宏行 ・・・・・・ 4
【寄稿】 「新しい公共と故郷づく」
楽農倶楽部 新井文夫 ・・・・・・ 7
初傍聴記 鶴牧 鶴田加代子・・・・・・ 8
多摩市、未来へ夢をつなぐ諏訪二丁目の建替えスタート
やっとやっと、始まった!何れは多摩ニュータウンのどこの団地にも訪れる建替え。その姿が徐々に見え始めている…クラインガルデン(共同菜園)・パーティルーム・コミュニティカフェ・ゲストルーム・クリニック・高齢者支援施設などなど魅せられるものがいっぱい。多摩市は、まちの抱える課題対策として、「介護や子育て親子三代での近居システム制度」の確立を急げないか。子どもたちが、孫たちが近くで生活基盤を持てることの財政効果もさることながら、その豊かさは海より深く、山より高い。
次のニュータウンコミュニティデザインを掲げ、みんなで多摩市のセールスを!
9月議会、喜怒こもごも
代表 神津幸夫
□
9月議会に僅かに見えた新しい議会の流れ
一般質問の質問時間を5分短くし、1議員30分以内とした。時間の有効な活用と内容の充実へ踏み込み、また常任委員会のあり方にも議会改革姿勢の兆しを感じた。
補正予算案件では市長が3.11東日本大震災後の地方自治の在り方を見直し、舵取りを転換したが、その英断は共感できるものだった。
一つは多摩第二小学校の建替え、和田コミセン、百草会館新設計画の凍結であった。議決は18:7で可決した。
否決の7は「いろはの会」5議員と「生活者ネット」の2議員だった。兼ねてより地方議会において与党・野党的な流れに抵抗感があり、政策本位とした是々非々の変調の兆しを大いに歓迎できるものと感じた。
「凍結」とは一度立ち止まって考えること、と行政は答弁した。
多くの議員から地元住民が参加し、永年検討を重ねやっと実現の段階での突然の変更に対する怒りも地元市民としては当然であり、市長は丁寧な説明をすべきとの声が多かった。
市長部局の見解は「凍結」は「氷解」もあるようで、長期的且つ全市的な視野から、市民への説明責任を果たし、多摩市の将来に禍根を残さない方向を見出してもらいたい。
もう一つは「プレミアム付商品券の発行」で、主な論点は何故商品券か、その発売場所がなぜ聖蹟桜ヶ丘なのかに集中した。
この発想は、震災後の市民経済の活性化のためのようだが、1億円の商品券に対しプレミアム分1千万円と経費500万円の税投入というもの。たかが1500万円とは言わないが、足かけ2日間に亙って議論しなければならないことなのか、もっと重要かつ大きな「多摩市経済活性化」政策の議論にでも時間を費やないものか。
この点に言及する新人議員もいたが、議員自らも政策提案とその実現を果たせるような行動ができる新しい議員像に思いを馳せるが、期待過剰化か。
新しいということから言うと、新任市民経済部長の整然とした歯切れのいい答弁はすっきりしているが、これまでの枠(商工会議所などとの関連)を超えた多摩市経済活性化への核心的な新展開を期待したい。
□ 決算が予算につなげられるか
澤登代表監査人の決算議会所見として、「ここにお集まりの方々は、税を納める市民のために身を捧げてもらいたい」の言を、行政に携わる人、議員諸氏は如何に受け止めたのでしょうか。
今議会で議員の発言、加えて行政の答弁にも「身の丈に合った」のフレーズが随所にでてきた。
公共施設(パルテノン、総合福祉センター、コミセン、学校、公園などなど)の数と広さが、多摩市民のとって過剰で贅沢なのか、はたまた足りてないのか、ということが身の丈と言っているのだろうが、その根拠となる具体的なメジャーがないため受け止める市民は様々だ。
分かり易い比較として、市民1人当たり公園の面積は都内ダントツで、2位の市を10倍以上引き離している。その潤沢な緑を維持管理してゆくだけでも、他市に比し大変な負担としてのしかかるわけだが、これが身の丈に合っているのだろうと思えば考えやすい。
決算の現実として代表監査人が指摘した今年度の決算は「取り崩して成立」が、よくその「身の丈」を結果として表している。加えて代表監査人は、平成22年単年度でみると赤字だが、基金等の取り崩しで成立している。しかしこれは行政サービスの結果であるから適正であるとしている。
市民としては「じゃあ取り崩すものが無くなったらどうなるの」の単純な疑問がわいてくる。
このことこそ身の丈と自覚しなければならない。
現下の政治は、日本も世界も時の政権が、その政権時に国民に優しくしてきた結果がこの財政の破綻・危機をもたらしたとも言われている。これも世界中が身の丈以上のことをしてしまったとも言えるため、せめて私たちのまちでできる身の丈には早めに手を打たなければならない。
都市計画税で積まれた基金があるが国の方針で公共施設などの維持管理には使えない(新設に限る)事で多摩市の悩みは深い。
私たちはニュータウンの開発から40年経た今、他市と横並びでは対応しえない問題に直面している。それでもこのまちは相変わらず不交付団体であり、他市とは異なる固有の問題を抱えなければならなくなっている。
例えば、議会で何時も質疑だけに止まっている「管路センター」の放置問題も国のルールだからと言って現状の塩漬けでは誰の得にもならない。
国の政権交代で掲げられた地方分権・主権は前進どころか後退している。行政は当然だが議員も行政をチェックするだけではなくノーサイドで、多摩市議団として都・国に対しまさに「特区」などでの可能性を見出して行動しなければならない時にきている。
市長は「大事なことは市民が決める」と言い、議会は「議会が多摩市の意思決定機関」と主張するが、市民は行政も議会も多摩市のこれからのために一丸なってこの大事に対処を願うのみ。
市民が決める、議会が決める的なコップの中の議論をこえて、この大事に立ち向かい次年度の予算編成に繋いでもらいたい。
□ 一律15%カットの予算に思う
「減る歳入、増える歳出」この難局に無駄を省き、真に必要なものへ税の使途を配慮することは当然の策であるが、一律15%の手法の良し悪しは別であろう。
国の民主党のマニフェストは国民に無理をお願いする前に自らがその痛みをと、「公務員の人件費20%カット、国会議員の定数削減」を約束したが未だ実現ははるか彼方にある。
多摩市は職員給与日本一と騒がれ、やむを得ない実態があるにせよそれなりの対処は行った。
ところで声高にその指摘をしてきた議員は、自身の「定数と報酬」については全くの頬被りで良いのだろうか。
汗を流して懸命に働く市民、その市民が納める血税で賄われている議員報酬・定数に自浄する反応は見えない。
議会費の削減で、「議員研修に出かけるバスを止めて現地集合で」を討議する委員会をみていて、気が滅入るばかり。
議員の報酬と定数が単純に多過ぎるとだけを言うものではない。一般市民の「給料」と議員の「報酬」には読んで字の如く根本的な違いがある。
果たして現状の多摩市の議員数26人と1千万円近い平均年俸がその活動の質量において見合ったものかを問いたい。
定数26人でなく半数でも十分な代替策はあり得るかもしれない、その活動が目を見張るものであれば報酬は多い議員がいてもいい。
この評価・査定はいったい誰が行い、誰が決めるのか。QUESTION?・・・・。
了

議会の有り様 (2)
永山 深沢宏行
今回のこの拙文の題名。前回(56号)に載せていただいた小論と同じになってしまいました。
実は7月末に配布された「議会だより」のなかに、新議会を構成する各会派の紹介記事が掲載されました。全体を一読し、強く興味を引きうれしく感じたのは、昨年までなかった「いろはの会」という、そのネーミングと紹介文の内容についてでした。
「いろは」は文中の説明通り「基本に忠実に」との意味で、新会派の名としては納得できますが、その中身に関心を持ちました。
「いろは」を頭とする言葉といえば、普通には「いろは歌」でしょうが、この歌の原典は仏教のあるお経で、「諸行無常」にはじまり 「寂滅為楽」で終わる四句構成の詩句を、仮名47字を一度ずつ使って七亓調に和訳したのが、「色は匂へど、散りぬるを、我が世誰ぞ、常ならむ、有為の奥山、今日越えて、浅き夢見じ、酔(ゑ)ひもせず」と読まれる誦詩がそれです。
ところで、このお経の初句「諸行無常」の「諸行」は“この世のあらゆる事物・現象”をいい、「無常」は“時の推移とともに変化・消滅してとどまることはない”と言う意味になります。
お経はそうした動きを“自然の摂理”として率直に受け止め、そういう中で人はどう生きたらいいかを説いたものと思います。ですからその和訳の「いろは歌」の全体、特に最後の句は明るく快適な感じすら与えてくれます。
この歌ができたのは平安中期です。有名な「平家物語」が出たのは次の鎌倉時代で、冒頭の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」の「諸行無常」には、情緒的な無常観にもとづく一種のはかなさが加味されて、寂しいものになっており、これがわが国の精神文化の特徴的な要素の一つになっているように思われます。
しかしここでは、これ以上の言葉の吟味は止めにして、「いろはの会」のネーミングに興味を感じたのは、こういう“変化・生滅”の歴史観を踏まえて、今の市議会を見たとき、近いうちに変化の兆しがおきることを予想して、会を作った人たちは、こういう名前にしたのではと、つい考えてしまったからなのです。
ネーミングに合わせて、うれしく思ったもう一点についてですが、
「多摩市の未来をつなぐ現実に即した判断を追及し、・・・・党派を超えて今任期から結成したばかりの新会派です」
これは「議会だより」に載った紹介文の一節です。この中の“党派を超えて”というフレーズに注目しました。党派の枠を超えて“市民全体の福祉の向上”のために考え、議論をしようとする強い意志の表明です。こうした宣言が議員の中から出されました。
小誌前回号の拙文に“26人の議員が一つになって”と書きましたが、勿論それはまだ夢です。でもたとい、今は小さくても党派を超えて議論・討議する会ができたことは、大いなる希望であり、干天の慈雨の思いです。
先程の「諸行無常」の歴史観は、万物の変化・生滅の理を説いていますが、内容についての説明は不明です。当時としてはそれだけで十分だったのでしょう。でもいまでは、変化とは何か、発展をどう理解したらいいのか、生成・消滅の原理は、などと言ったややこしいことが問われます。しかしそれはこの小論の主旨ではありませんので、今は脇に置くことにします。
今年の春、市議会議員の選挙が行われました。投票率は46.78%で前回(2007年)は47,95%でしたから下降傾向にあり、ともに50%を切っています。また昨年春の市長選挙では45.50%で、その際の阿部市長の得票率は17.56%で20.0%にも及びません。参考までに、他市のことで余計なことかも知れませんが、先日行われた立川市長選挙の投票率は34,62%で過去最低を記録したそうです。
この立川選挙の記事を載せた朝日新聞の解説に「魅力ある選択肢を提示できなかった候補者の側にも責任はあるが、市民の関心の薄さは「危機的」と言える。市政の向上には、市民一人ひとりが当事者意識を持つことが必要だ」と書かれていました。
「危機的」とはどういう意味か、はっきりは分かりませんが、民主主義に関わる状態にあることは、大体、想像できます。
わが多摩市はどうでしょう。「対岸の火事」と、のんきに構えていられるでしょうか。「他山の石」という言葉もありますので。
この記事の「市民の関心の薄さ」から思いつく言葉に「政治的無関心」という用語があります。以前は良く耳にしたのですが、最近はあまり聞かなくなりました。投票率の低さに慣れっこになった訳ではないでしょうが。
ところで「政治的無関心」の意味には、@何らかの理由で、自分から政治とのかかわりを拒否する意識。A政治に対して自分の考えを持ち得ず、他からの影響なしでは行動できない状態。の二つがあるようです。
まえに、TVで見た場面を思い出します。
選挙のせまった日本のある田舎町の小道を、一人のお婆さんが歩いているとき、マイクの人が何処に行くのか尋ねると“また選挙のようだが、今度は誰に投票したらいいのか、いつもお世話になっている○○さん(名望家で町の世話役)に聴きに行くのだ”と返事しているシーンです。
たとい投票所に行ったとしても、これは政治的無関心に当たります。このタイプは古い昔の型に分類されるのですが、今も存在するのは驚きです。
近代の無関心は、社会の発展による個人の覚醒と価値の多様化にもとづき、政治についての知識は十分に持ちながら、何らかの理由で政治に反発したり、情熱を注ぐ価値(学問・芸術・仕事など)を持っていたり、自己の信条から拒否したりするケースがあります。では今日の無関心にはどんな特徴があるのでしょうか。
例えば福祉国家という言い方でも分かるように、今日の政治・経済の仕組みや動きは極めて複雑で巨大化していて、問題状況を見えにくくしている一方、国際的なことが重なってくるとその複雑さは一層激しくなります。グローバリゼーションにしても、まだ日本語はなく、定義もなく、辞書にも乗っていません。私たちは全く新しい時代を迎えつつあるようです。こうなると改めて知識の限界と無力感を感じさせられます。
それに拍車をかけているのがマスコミです。大体、難解な問題はそのまま流しません。
対象を細切れにした上、人々の生活レベルのエピソードや感覚的な言葉を絡ませて、分かり易く興味を引くように努めてくれます。しかしそれでは問題の要点が不鮮明で、自分の判断にいまいち確信が持てません。
マスコミは大量に情報を生産し、私たちに流します。互いに顔は見えません。先程のお婆さんと世話役は一対一で顔を合わせながら情報を授受します。これは見方によっては“人間的”ですが、マスコミのそれは“即物的”(非人間的)です。この傾向は今日、社会一般に見られますが、人の孤立を深め、気持ちを動揺させるように思います。
これらが重畳して、今日の無関心を醸成しているのではないでしょうか。
9月定例会の初日、一つの印象深い場面に出会いました。
一議員が一般質問について尋ねたところ、ある部長が「一市民の貴重な意見として、真摯に拝聴し云々」と答えたのです。聴いたときは変だなと感じました。議員の発言を“一市民の意見”と受け止めるとは、と思ったからです。でも暫くして思い返しました。部長の答えは変ではなく正しいと。
議員は定例会で自由に質問をすることができます。しかしその内容が如何に誠実であったとしても、個人としての発言は、議員個人の意見に過ぎません。会派代表の場合でも質的には同じことです。したがって部長の答えは正となります。
これが“全市民の意見”となれば、代表民主制の原理により一定の強制力を発揮します。ある意見が“一市民の意見”から“全市民の意見”になるには、特別の手続きを必要とします。
まず26議員による全体会議を開き、あらかじめ議員・会派から出された案件につき各議員とも自由闊達に、自らの理性と良心にもとづいて議論を展開します。当然、各議員とも自己の価値観や生活信条による考えは勿論、自らよって立つ党派の理論を披瀝するも全く自由。その案件に関する意見はすべて示すことが、市民に対する義務なのですから。
こうしてすべての意見が出揃ったところでステージは第二へと移行。ここから各議員は“代表”となって、“全市民の意見”を形成する大変困難な仕事に挑むことになります。その方法が「妥協」です。ですから、第二ステージは“議論”ではなく、妥協を追求する為の“討議”となります。妥協というとわが国では負のイメージが強く、損失・敗北と考えてしまいがちですが、26代表の一致点を創成するには適切な方法と思
います。
各代表の理性と判断力による討議から得られた妥協であっても、妥協は各代表の考えの一部を犠牲にして作られたもので、それぞれ一定の不満は残ります。でもそれは“一市民の意見”が止揚され、一段高い次元で26人の意見が一つに統合されて“全市民の意見”に具象化されたのです。それは26代表による英知の結晶です。この“意見”を擬制とみたとしても、これは論理的擬制であってその合理性は是認されます。なぜなら、議員は全市民の“委託”を受けて“代表”になったのですから。
もしこの妥協の作成過程で、ある議員が自分の考えに固執し、妥協することは自己の信念に反し、かつ自分を選んでくれた選挙民の期待を裏切ることになるので、受け入れられないとしたならば、それは“全市民の意見”を形成する努力を放棄し、自分を支持してくれた一部市民に“委任”された“代理”になることであって、“代表”としての権利と義務を捨てることになると思います。代表と代理はまったく違った概念であり、その意味はまったく違います。
またもし、この妥協という困難で厄介な作業を途中であきらめ、討議を打ち切り、手っ取り早く多数決という手法によって正当化しようとしたときには、リビアのカダフィ大佐の、議会制民主主義を批判しつつ「51%の得票者が他の49%を押さえ込むことこそ独裁だ」との言に何と言って答えたらいいのでしょうか。多数決は“特別の場合”にのみ許された両刃の剣であることを忘れないようにしたいものです。
今日、市民の方々に、複雑化した社会の事象について、十分な予備知識も不足がちなままに主体的な認識を求めることは、いささか酷でしょう。フランスの思想家ルソーの利己心を捨て公共の利益のみを目指す“一般意思”を理念とし、それを具体化した“全市民の意見”を形成するのは、市民の“委託”を受けた26代表の自由な良識にかかっており、この点にこそ“代表”としての権威の濫觴があると思います。
万物流転する“諸行無常”の世にあって、いまなお、党派の利害にしがみつき、自分の個人的な意見だけを主張し、形骸化した多数決でけりを付けて終わりとする態度は、“青い山脈”にいう旧い上着とともに、さよならすべきではないでしょうか。
了

【寄稿】
「新しい公共と故郷づくり」
楽農倶楽部 新井文夫
昭和30年代後半多摩ニュータウンは、首都の夢の街づくり国家pjとして始まった。
既に2世代3世代へとときは移ろい、この間昭和50年代末に始まったバブル景気、その崩壊、つづくリーマンショックなどに翻弄されてもきた。
そこで振り返って多摩はどんな道を歩んできたのか。
南多摩郡は東に府中から西は八王子あたりまで、水源・稲作・畑作・山林・養蚕・商・演芸・祭りをもって豊かに自給していた。中世以来府中は武蔵国府であり、聖武勅命の国分寺蹟や小山田氏の居城が隣接の東京国際cc周辺に位置した。そうした先人のまちづくりを想うとき、現代の多摩人はどうであろう。
産業、農業、工業などは少なく生産の低い街、勤め人の多い街、少子高齢化の著しい街、故郷になれない街である。歳入は減る一方で、従来型のサービスは維持できるはずもない。
私は昭和59年に多摩市民となった。爾来グリーンクラブを立ち上げ植栽管理作業を始め更に楽農倶楽部(会員制)を設立して、周辺の団地の方々と野菜づくりをスタートし、地域のコミュニティづくりを模索している。その一端をご紹介する。
野菜は種から苗づくり、団地で野菜頒布、ごみ減量対策課と連携して生ごみ減量と生ゴミ(会員)・落ち葉(学校)の堆肥化活動、小中学校6校での支援授業として「緑のカーテンpj」やこども放課後教室2校の支援をやっている。
そんな善い仲間との喋り場から明日の多摩市を描いてみた。
「新しい公共」・・・!故郷づくりと市民による行政分担!
市民が受けるべき行政サービスとはどんなサービスであるべきか?
当然のことながら法・条例に基づき、市民が戸別に取り組むよりも公平公正で合理的でタイムリーなサービスの提供であると考えられる。具体的には、その対象に位置する現在の行政事務が市民協働しやすいものではないか。たとえば図書館・給食・公園、道路の植栽管理業務やごみ減量業務などや祭りから取り組みたい。
そのうえで最も重要なのは、管理組合・自治会・町内会を自治単位と位置づけ、市民協働の仕組みづくりをはじめ、市長の不退転の覚悟と自治単位への動機付けが不可欠である。
市長はその意思をもって、自治単位に動機付けと技術指導を展開する。自治単位は経営感覚をもち自立と故郷づくりが同時並行でき、行政のスリム化が可能となる。なお業者を排除するものではなく、多摩市と業者と自治単位が協働できるものとしなければならない。
了
「初傍聴記」
鶴牧 鶴田加代子
9月12日。秋晴れのさわやかな日に、神津代表に連れられて初めての多摩市議会常任委員会のウォッチングに行ってきました。
ウォッチングの会に入れていただいた以上、サラリーウーマンとはいえ、まるで傍聴経験なしというのも意味がないので、とりあえず有休をとって参加することにしました。
「どんなかんじなのかなあ〜」と結構楽しみにしていたのですが・・・率直な感想としては、残念ながら、「う〜ん、こんなものなのか、がっかり!!」という感じです。
会議室に入るにあたっては、その廊下に分厚い資料が置いてあり、それを見ながら会議を傍聴できますし、それほど広い部屋ではないので議員さんたちの細かい表情まで見れますし、だれでも自由に傍聴できるわけですから、状況としては「開かれた議会」とはいえるのでしょう。
ただ実際に委員会が始まってから、私が受けた印象は、「えっ!!こんな風に、こんなに少人数の採択で簡単にいろいろなことが決まっちゃうの!!」という驚きでした。
9月12日は以前からの懸案事項や生活関連の採択が主だったようですが、それにしても市の方からの説明に対してほとんど意見もなく、委員長の加藤さんが余裕しゃくしゃくの表情でどんどん採択をしていくのを見ていると、えっ〜〜、この人たち(議員)はこんな感じの仕事の仕方なの???となんだか腑に落ちない感じを受けました。
たとえば、普段私たちは日々の生活に忙しく、あまり深く細かな法律や法令の改正などに注意がいかないで生活していると思いますが、時々ニュースを見て「えっ!」と驚くようなことはありませんか?
いつの間にか、そんなことが論議されていたことも知らない事柄が決定されて、その結果だけが報告され る。
例を挙げると、昨日ですが、本当に驚いたのは、日本が韓国に五兆3500億円の通貨スワップを供給するというニュースでした。
いま盛んに、増税増税と叫び、消費税から法人税、所得税、相続税、たばこ税まで、あらゆる税を上げて国民からの負担を得ようとしている時期に、韓国のウォン安に配慮して五兆3500億円もの資金援助をするとは、いったいいつの間に、どのような経緯で決まったことなのでしょうか?
その他にも、恐ろしいことに年金の受給開始年齢を引き上げるなどということも審議され始めています。
よく政治家主導ではなく、官僚主導という言葉を聞きますが、国も市も、たぶん都も、ほとんど似たり寄ったりなのではないでしょうか。
失礼ながら、市議の皆様より、てきぱきと懸案事項を説明する市の職員の方のほうが、はるかに有能に見えてしまいました。
一方、採択のほうはにこやかに「意見がなければこれで採決いたします。はい、決定いたしました。」的な、やる気があるんだかないんだかわからないような決まり方。
ああ、このようにして市民の知らないところで、すべてのことが決定されていくんだな、と本当に驚きました。
でも、でも、でも、その議員を選んだのは私たちなんですよね!!
市民一人一人は、この現実をきちんと知っているのだろうかと、本当に心配になりました。
あなたの一票で、あなたの未来が決まってしまうんですよ!!!
若い人たちに、声を大きくして言いたいとつくづく思いました。
さあ、どうすればよいのでしょうね?
(了)
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発行者 多摩市議会ウオッチングの 代表 神津幸夫
連絡先 多摩市鶴牧3-14-2-102
電話 042-372-9496
HP
http://www.easy.-db.net/tama-watch
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