市民と市政をつなぐ議会傍聴情報 2010年7月24日発行
第51号 号

目 次
阿部新市長を迎えての6月議会 代表 神津幸夫 ・・・・・2
初めての市議会参観に思う
永山 深沢宏行 ・・・・・4
市民主権のホスピタリティあふれる多摩の実現 豊ヶ丘 粋酔亭 迷楽・・・5
阿部市長にのぞむ 永山 元山 隆 ・・・・・6
新市長の所信表明と住民活動 落合 落合重美 ・・・・・7
初めまして! 諏訪 神西 明 ・・・・・8
阿部市長の所信表明を聞いて 永山 深沢宏行 ・・・・・8
22年度6月議会傍聴席からの
“特報事項・指摘したい問題点” 和田 牧野順一 ・・・・・9
お知らせ ・・・・・12

*
やまばとホール跡地は駐車場、緊急時対応のスペースや、ベンチを設置した憩いの場等などに工事中(写真右手前)。 庁内には食堂も無くなり市民、来客者、職員も日々場所探しに憂鬱。新城主の城替えに期待。
阿部新市長を迎えての6月議会
代表 神津幸夫
6月議会は阿部新市長初の議会で、議員数26議席のうち、欠員となっていた2議員の補選もあり、久方ぶり全員そろっての議会となりました。
市民派ということで、既存の政党に頼らない市民主権を標榜した阿部市長ではありましたが、結果的には支援した議員が半数となり、議会も阿部市長の2〜3の議員に対する反問的な質疑から、これまでには見られなかった新展開への期待を予感できる場面もありました。
「地域のことは地域に生活する自分たちで決めて行く」趨勢下にある昨今、新市長の目指すところが補正予算等に、どの様に表れるのかと注目していたが、ほとんど過去と重なるものとなりました。
空席の副市長の任命は<くらしと文化部>の後藤部長となりましたが、市民には副市長の職務も明確ではなく、その職責を全うするに相応しいスタッフであるのか未知数のため、これまでの部長職をこえた活躍を待つしかありません。
新市長就任早々に、多くを望めませんが、掲げた政策が一日でも早く現実のものとなる今後を期待しましょう。
☐市長所信表明
既に
傍聴者としての感想は「
このことは今後、第5次総合計画の基本構想、基本計画、予算等で追々示されてゆくのでしょうが、6月議会の一般質問、補正予算などの質疑の中で、市長の目指す方向の芯が見えてこないのが、現段階での戸惑だけなら良いのですが。
「大事なことは市民が決める」となっていますが、これまでの
市長が新たに高邁な精神を掲げても、ここを克服するものでなければ何ら変革するものとならないのではないでしょうか。
☐一般質問
議長を除く25議員全員の一般質問がありました。
多くの議員(遠藤、白田、加藤、大野、藤原マ、武内、藤原タ、萩原、安藤)が一般質問で「市長の所信表明について」でした。
議員各位の一般質問については、弊会ホームページhttp//www.easy-db.net/tama-watchの【傍聴席】の一口コメントをご覧ください。
地方議会が国政の政党政治の延長線上にあることは、悩み多いテーマです。
市長擁護派を与党、他を野党という色分けがあるとすれば、今回はその色彩もあまり濃くなく、概ねその所信表明に表れた政策に対し、是々非々と敢えて受け止めています。
いずれまた、市民多数のバランスに立脚したものではなく、党・会派の利害で議決するもとなってしまうことを恐れています。
与野党ありきではなく政策の是々非々で展開がされてこそ、地域主権が実質的なものとして機能するではないでしょうか。
安藤議員の一般質問から
・
行政の執行、議会の議決の二元代表性の原則から言えばその通りだと思うが、傍聴者にはとても違和感があった。
これは、筆者の議会傍聴をしてきた間、議会から市民が賞賛するに足る政策立案があり、それが執行された記憶はないからだと感じている。
是非、市民の幸せのために、議会一丸となって市民のための政策立案を行ってもらい、執行部局である市長と、時によっては対峙し、競って欲しい。
新議員の大野(民主)、さえき(自民)両議員は、新人であるが故に新鮮な視点での質疑を期待したのですが、期待に応えてもらえるものではなく残念でした。9月、12月、3月の議会にこそ奮起を!
☐補正予算(平成22年度総額)
市長選挙を控えての3月議会予算が骨格であったため、今回の補正で市長の政策的経費を加味したものとして平成22年度予算は以下に決まりました。
歳入歳出追加予算 1.637.552千円
歳入歳出総額予算
48.347.552千円
菊池議員の質問から
・ 財政調整基金6.7億円の取り崩し、阿部市長の公約等の事業予算に対する問いに対し行政、大田部長などからの回答がありました。
菊池議員が国、都の財政から
国の政権交代も無駄を省けば、17〜18兆円は出てくるという甘言に国民は乗ったがそんな生易しいものではなく、強い財政、強い経済、強い社会保障に言及し始めています。
まちのことを考え、財政に専門性を持つ議員
☐常任委員会
・ 総務常任委員会
URが多摩センター駅前の残された一等地を医療施設への売却を決定したとの協議会報告がありました。隣接したところには、無責任に放置された「管路センター」がありこの土地と合わせて
・ 子ども教育常任委員会
図書館の外注問題、学校給食の外注問題は、またまた継続審議となってしまいました。
行政も議会も決定がそんなに難しく、方針が打ち出せないのであれば、新市長の政策テーマである住民投票条例をテストトライアルしたらどうでしょうか。これを行うに当って大事なことは、市民が分かり易く安心できる説明が丁寧にできていることが、言うまでもなく大前提です。
(了)
初めての市議会参観に思う
永山 深沢宏行
今年3月、ある小さな集いで初対面の牧野順一氏からお誘いを受け、市議会を傍聴する機会を得ました。初めてのこととて色々と興味を感じたのですが、議事進行中の中で2つばかり気になることがありました。
1つはどの議員にも言えますが、市長や市の職員にその案件につき、次々と鋭い質問を重ねるのはいいのですが、時々問題点の解明がなお未了ではないかと思える時でも、他の論点に移ってしまうことに気付き、後でお隣の神津幸夫氏にお尋ねすると「時間制限です」とのご返事があり、ちょっと驚きました。これは19世紀末の「討論終結制」ではないのかと思ったからです。
もう1つは議案審議の形についてでした。元々議会は討論の府と思い込んでいたものですから、丁々発止、口角泡を飛ばしながらの論戦がと想像していたのですが、そういう状態は全く見られませんでした。ある議員の質問中、1・2のヤジ以外、他議員は全く黙して語らずの体。念のため本会議ではなく、委員会の方には懇談的議論があるのではと思ったのですが同じでした。ある議員が意図的に議論を仕掛けても他の方の反応がなかったり要点をずらしたりで議論になりません。これでは議会ではなく、質問の会です。
話は飛びますが、近代国家の議会政治の基本には「代表の原理」と「審議の原理」があり、この両者は形影相伴う関係です。審議の核心は公開の場での自由で合理的な討論にあり、その目的は納得のいく妥協点の発見です。そしてその審議の活動が自ら国民の代表であることの具体的な証となっており、討論は議会政治の血液であり生命である、と言われるのはこの故だと思います。
ところで、ここでいう討論の英訳はディスカッションと思いますが、この語には争いの意味はなく互いに冷静に意見を交換し、事を合理的に解決しようとする考えで行う討論を言い、例え論理的で筋を通した意見でも相手を一方的に説得しようとするアーギュメントはここでの討論にはあたらないと思います。
歴史を少し覗きますが、近代国家が本格的に実現したのは市民革命によってです。その後、産業革命を経て急速に成長。19世紀半ば、先進国では資本主義体制が確立しました。歴史的なモンスターが姿を現したのです。
資本主義の発展は世界を静から動に変えます。取り分け、これまで一応穏やかだった社会勢力間の利害の違いを一挙に対立の状態にまで顕在化し、各種の社会運動を引き起こしました。なかでも自由と人権による選挙権拡大の運動は大きな影響を与えました。大衆の政治参加、大衆デモクラシーの時代到来です。
こういう動きは議会政治の姿を質的に変えます。その原理は社会が成立期で比較的均質な状況にあった時にできたのですが、対立が激しくなると隠れていた部分が露呈します。国民の代表という表現は虚構とみられ、妥協を存在理由とした討論は対立する間では極めて困難となり、逆に政治的な面があらわになって審議の原理の虚しさが指摘されます。
こうして自由と審議権の侵害という反対論を押し切り、討論時間を制限する“討論終結制”が成立します。合わせて、少数意見を尊重しつつ討論を合理的に深化させる機能を想定した“多数決制”は、討論を飛ばし結果を早取りする方策と化してしまいました。
議会政治の危機が叫ばれたのは、20世紀はじめの頃からでした。
初の議会参観から受けた率直な印象をもとに、議会政治の歩んできた歴史の一端を垣間見ながら、形骸化していった負の側面とその必然性を考えてみようと思いました。
(了)
市民主権のホスピタリティ
あふれる多摩の実現
4月、市民派市長が誕生。市政を市民の手に取り戻そうと、市民が選んだ新市長。だが、支持票は過半数を割る難産であった。漁夫の利とのやかっみ半分の声もあった。
さて、6月議会の所信表明には、多数の傍聴者が詰めかけ、議会始まって以来?の満員御礼、札止めとなる大盛況だった。
掲げられたビジョンの基本的理念「市民主権のホスピタリティあふれる多摩を実現」について、感じたままを述べたい。
キャッチフレーズのホスピタリティは何故、普通の市民や高齢者にも届く分かりやすい言葉を選ばなかったのか。特別の思い入れか、意味があるなら、なおさら具体的イメージの説明の説明と解説が欲しかった。
自治体の首長は「市民が主役」とか「住民自治」とか、気軽におっしゃる。疑問に思うのは、主役である市民が何故「お上」に「陳情」「請願」しなければならないのか。また「徴収」の名において臆面もなく税を取り立てて、取り上げた税は主役不在のまま配分されてしまうのか。
苦しい生活を強いられている市民も多いのに、職員の給料は日本一高く、仕事はしてもしなくても一律に昇給していく、リストラはない。職員の活力が失われ、モチベーションが低い。この体質にどのような改革のメスを入れるのか。これは市民派市長ならではの手腕と力量が問われる課題であるから、断固として改革に取り組む強い意志と度胸を据えた迫力ある姿勢を、もっと前面に押し出せなかったのか。
ともあれ、口上を終え、舞台はこれから本番。
シナリオ通り芝居は進行していくのか、市民はどのような主役を演ずることになるのか。
邪魔する敵役が待ち伏せしているのかも知れない。主役であり、観客である市民は固唾を呑んで見守っている。
第5多摩総合計画には孤独死する前に、主役として参画したいものである。
4年後、多摩は日本一ホスピタリティあふれる街に変貌いるかも、はっきり見届けたい。
支持率は三日見ぬ間の桜かな
平成22年7月20日
粋酔亭 迷楽

阿部市長にのぞむ 永山 元山 隆
新市長誕生から4ヶ月余、6月市議会は一応乗り切った。内政担当の副市長も据え、片腕の確保はできたように見える。ホスピタリティを標榜する阿部市長は一般質問の殆どをカバーし、部長さん方は手持ちぶさた。部長に仕事をさせるのも市長の役目の筈だが。素人市長はまだまだ手探り状態なのだろう。
新しい市政を
市長の公務日程をみると前市長のやりかたを踏襲しているし、交際費の支出も同じに見える。かつての
地域主権の確立
国策でつくられたニュータウン。インフラ※の更新には莫大なコストがかかる。 ※ 橋、道路、公園、上下水道などの造り替え (例示 幅50米のパルテノン大通の橋など、この街は歩車分離を徹底したため橋の数ははんぱではない)
年金生活者の市民税では到底及ばない仕事である。製造者責任を国、都に求めて都市更新に道を拓いて欲しい。その道が見えないと、この街はゴーストタウンへの道をたどるだけだ。高齢化し街を脱出するすべを持たない市民にはこの街と心中するしかないのか。
市長のサポート体制
「みらいの会」で阿部市長を誕生させた。選んだ市民にも製造者責任がある。市民自らが市長を支え政策立案に参画して、自分たちの街をつくりあげていくことに手を、足を、そして知恵を出し汗することなしには市長ひとりにお任せではまちづくりは出来ない。市民主権、地域主権もこうした市民の意識改革がなければ絵にかいた餅である。市民を鍛えるための下支えを行政も考えて欲しい。市長が打ち出した地域委員会構想の具体化もこうしたことのステップになるだろう。しかし折角行政がこうしたお膳立てをしても、市民がお任せ体質から脱却しないと実現は難しい。多摩の街を住み続けられる街にしていくためには自からが動くことを実践しなければならない。皆さんで市長のサポーターになりましょう。
高齢化の現実
永山4丁目、名店街がある高層棟4−2−5は足場が組まれ防塵ネットで囲われた姿をさらしている。6月に始まった耐震補強工事だ。団地更新のさきがけとしてURが実施。ここで、最近救急車の出動が頻繁に繰り返され、搬送先で2人の方が亡くなったと聞いた。今年の猛暑は全国各地で熱中症の死者を多発させている。騒音と埃で窓は開けられない。こうした状況の中では健康な人でもストレスでおかしくなる。引きこもりがちの高齢者たちが熱中症でばたばた倒れることは目に見えている。工事との因果関係の詳細は不明だが犠牲者が出たことは市民にとって一大事である。
入居から40年を経過したここ永山4丁目は高齢化率が30%を超える状況だ。工事に先立ちどう説明をし合意を得て着工したのだろうか。URはこうした工事は他団地で数多くの経験ももっているはずだ。事前にこうした弱者へ向けた対応がとれなかったのか。少なくとも工事の施工時期を暑さを避け冬季にすることが出来なかったのか。この工事が、自立そのものが危うい状況にある高齢者の脚を引っ張るキッカケをつくったとすればURの責任は重い。
市長はこうした現実を直視し、即刻工事を中止させて欲しい。市民の生命財産を守る立場の市はURに申し入れをし高齢者や病弱な市民をなんとか救って欲しい。
最近、諏訪5丁目でも孤独死が発生したと聞いた。諏訪、永山の高齢者はこうした危うい状況の中で、日常を生きているのだ。ホスピタリティを標榜し、弱者へのまなざしに言及した市長はまずこの現実をきちんと捉えて欲しい。真っ青な夏空の下、永山団地は豊かなみどりに包まれ平和で静穏な街として外来者には映るが、そこで生活している高齢化した人々の生活は危うさに満ちているのだ。 (了)
新市長の所信表明と住民活動
落合 落合重美
6月9日議会で新阿部市長の所信表明があった。
「
学校運営のへの市民参加では、南鶴牧小学校は屋上での風力太陽光発電装置の国からの調査受託、学校構内へのインターネット配線、校庭の芝生化などを地域住民が支援する優れた活動が行なわれている。
また、優れた気候を基盤に住民が団地で種から苗を育てる支援を行い、苗を畑に移して野菜を栽培し販売する市民活動が行われているが、2010年度にはこの活動の一環として住民が教育委員会と協働で地域小中学校の6校の理科の授業に参加し、ゴーヤの種の植え付けから始まる緑のカーテン作り支援を行っている。種、ポット、赤土、プランタの材料の提供、生徒への説明、ネット張り学校の土作りを行う。
「このゴーヤの種と皆さんと同じものは何ですか」との問いに「命」という生徒の答えが必ず返ってくる。
「命のバトンランナーの旅行カバンに生命の知の魔法のプログラムがぎっしりと詰まっているよ」と話しながら行なう授業で、子供達に囲まれて久しぶりに社会の主役の地位を得たリタイアオヤジ達は張り切っている。
そして、市民の中でこのレアメタル人材層の比率が増大している。
種から苗を育てる仕事は手がかからず、病気の人、障害を持つ人、高齢者、子供、の誰もが主役として活動でき、1粒のゴーヤの種から1年で200粒の種が生まれ2年で4万粒になるという生命の驚異的な仕組みを利用する生産性の高いものである。
また、人類絶滅路線への分岐回避のキャッチフレーズ「持続可能な環境作り」に欠くことのできない世界的なテーマでもある。
現在、種と育苗は米国はじめ多くの国で遺伝子加工の競争が激化している産業であるが、36億年にわたって環境に対応して自分のDNAを変化させて来た生命の知のダイナミックなプログラムに比べれば微々たるものである。しかし、悪徳業者の自然への冒涜に対して市民が自らの知で種の保存に取り組むことは必要である。
しかし、これらの市民活動にはバリアが存在する。2007年に住民活動で内閣総理大臣賞を得た鹿児島の豊重さんは内閣官房長官以下各省庁の代表が居並ぶ授賞式の挨拶で「住民活動の最大のバリアは行政と市民の無知の壁です」と話した。
また、通貨のバリアもある。
自然界には細菌、植物、動物の生物世界を1元的に流通するエネルギー通貨ATPが存在し、この通貨ガ途絶えると生物の群は死滅する。
人間の世界でもお粗末ながらマネーが存在し、行政権力の世界では税金の白いマネーが流れ、民間の地域住民の世界では赤いマネーが流れている。地域ではこの赤いマネーが流れないとコミュニティは生育しない。豊重さんも「民間マネーの流れないプロジェクトは自爆プロで続かない」と話している。
これらのバリアを越えて人の群れであるコミュニティは進化していかなくてはならないのであるが、「緑のカーテン」というと「それ」とばかりに業者に発注して市庁舎に税金5万円もかけてネットを張る行政マンの意識は、知識の面でも、市民との連携の面でも、通貨の使い方の面でもおかしい。
「セーフコミュニティ」国際標準の評価基準は「自立と自律」である。
如何なる権力にも服従しない市民活動が求められている。 (了)
初めまして!
諏訪 神西 明
市内で蛍の保全活動などをしていましたが、
そういった過程を通じて、
月1回の集いは、私にとって、学校のような普段生活していく上での刺激や教養の場にもなっています。
【新市長所信表明について】のこの場をお借り致しまして、新入会のご挨拶を兼ねさせて頂きましたが、まだ新しく転入してきたばかりで、様々な面で、もどかしさがありますので、具体的ではなく、広く一般的に市民が感じている、希望なのではないかと私が思うことについて一つ挙げてみたいと思います。
【カタカナことば】が新聞、テレビなどで溢れていますが、チョコレートやバナナなど日本になかったもの、外来語などに【カタカナことば】は適していると思いますが、日本語の漢字ひらがなで表現できてしまうもの、他者に対する伝達が目的であれば、漢字ひらがなを使う方がより親切、適切である場合に【カタカナことば】を使ってしまいますと、漢字ひらがなで表現した場合に比べて意味があいまい、拡大してしまう傾向があると思います。カタカナ辞典などを用意しなければならなかったり、難解なまま薮に埋もれてしまうことも多いかと思います。
新市長の選挙前の方針を一語で表現するとしたら「ポジティブ」でした。当選後は「ホスピタリティ」でした。
報道関係出身の新市長でもありますので、社会全体にさきがけて、【ことば】というものについてのホスピタリティ発信基地を目指してみるのも
阿部新市長の所信表明を聴いて
永山 深沢 宏行
阿部新市長の所信表明には“市民主権”という語が数回出てきます。でもまだ辞書には載っていません。ならばその意味・内容を、はっきりさせないと無用の誤解を生じます。3月に制定された市議会条例の第2条には“市民”の定義が記されています。でもこれはどうみても住民=レジデントとしか理解できません。以前は住民自治とか住民運動という表現がよくありましたが、最近では市民参加というような語も多く目に付くようになりました。どういう理由があるのでしょうか。
史上有名なフランス革命の人権宣言は“人および市民の権利の宣言”といい、人と近代国家をつくり人権を実現した人=市民をはっきり区別しています。この市民をシティズンと訳しますが、いまもこの語には、歴史を開いた自信と誇りが刻まれているようです。
今後も“市民主権”は多分日本語にはならないでしょう。でも敢えて阿部市長がこの語を使って「市民一人ひとりにとって責任と自覚を」と訴えている市民とは、レジデントではなくてシティズンだと思います。ここに問題山積の
22年度「6月議会」傍聴席からの“特報事項・指摘したい問題点”
〜本議会一般質問5日間の市長と25議員達のQ&Aの中で感じた事〜
和田 牧野順一(平成22年7月18日)
<1>
本年4月
良かったこと
遠藤(ちひろ)・小谷田(進)両候補を相手に三つ巴戦を制した阿部市長は4/20多数の関係者の出迎えを受けて初登庁。
以後5/14の「臨時議会」もこなし、待ち望んだ初の本格議会「第2回定例会(6月議会)」も会期22日間(6/30〜30)の中で、付議した事案を、22年度補正予算(一般会計;16億4千万円)や副市長1名選任も全議員一致の可決を勝ち取るなど、市長の全議員に対する誠意ある対応で全て滞り無く決着させ、無事閉会の幕を下ろした。
頼もしく思ったこと
「6月議会」の冒頭予定された「市長所信表明」も議長の指名に従い、堂々と登壇され「市長選で市民に選任され、14万8千人の市民の代表として期待の大きさ、市政に臨むことの重みを感じていること、
(1)命の尊厳や人権の保障、積極的平和を希求することを基本姿勢とし、社会で弱い立場にある存在にもしっかり目を向け、共生する地域社会を目指す
(2)様々な立場の市民との合意形成を図り、公正で自由な社会を目指す
(3)本当に必要なところに迅速なサービスが行き届くよう、しがらみに捉われず最適な仕組みの構築を目指すと市民に寄り添う姿勢を示した。
更に「4つの政策の柱と基本的な姿勢」として
@ 市民主権のホスピタリティあふれる
A 持続可能な住宅都市・多摩の再生へ、
B 人にやさしく希望ある多摩、
C 未来への夢をつむぐ地域コミュニティの創造・・・を掲げ、最後に「市民主権の主人公は市民の皆さんお一人おひとりです。
私は市長として責任を持って活力あふれる地域づくりを皆さんと共に目指してまいりますと所信表明を力強く結ばれました。
☞所信表明の内「4つの施策の柱と基本姿勢」は項目に止め、本文は割愛しました。詳細は6/20「たま広報」1124を参照下さい。
今後の内外での活躍に期待したいこと
市民の目線を持つ民間出身の阿部市長に対し傍聴者市民からの熱い期待とお願い。
本年6月議会の冒頭で表明された「市長の所信」を精読しました。
根幹を占める財政状況は永年に亙り自公政権が積み重ねた巨額の借金残高の先送りにより国・地方の長期債務残高は880兆円を超え先進国の中で最悪の状態。
今後予測される人口減少と高齢化、成熟した成長率が低位に止まるであろう日本経済の状況これ以上の債務残高の増加には歯止めをかけざるを得ない。
これを
街づくりの問題も、ベースは私たち市民の一人ひとりの自覚と責任の上で「大事な事は市民が決める」という事を基調に多様な側面を持つ市民の有効な市民参画・共に汗を流す取り組みへ 切り替えていかねばならない。
今は二元代表制の元で市長・議会・議員の協働の形で推移しているが、市民は議員に全て白紙委任しているわけでは無い。
必要な時はその観点から公開の場で市民参画による事業評価・仕分けの実施や問題に応じて「住民投票」の手段も活用する。加えて、コミセン地域を軸とした「地域住民協議会/地域委員会」の制度の創設とその機能の有効活用も慎重に熟慮しながら、前向きに進めてゆくことを強く求めたい。
その面での早期実現と市民協働につき市政執行の一環として参画市民に対するご指導・ご支援をお願いしたい。
<2>「6月議会」の傍聴席から議員のQ&Aに関連して指摘したい事
◆ 6月議会は新市長を迎えての初めての本格議会。開会冒頭に「市長の所信表明」がある為に一般質問に「市長所信表明」を取り上げ、Q&Aを行った議員が男女を含めて10余名。傍聴市民の目線では、大方のQ&Aは通り一辺というか、表面をさらっと撫でて終わりとするもので、質問として取り上げるのは良しするが、傍聴市民には分かり切っていることを重ねて聞いたり、態々確認しているだけというのが率直な感想。
この程度のQ&Aで質問者は今後の市長及び市政執行関係者に対する監視活動や政策案機能が適確に果たせるのだろうか?
今後はこの点も重点に「監視する議員達」を市民も監視することが必要だ。
◆ 中には所信表明の質問一つで(1)〜(11)の項目を挙げ第1答弁を求めたり、その後で通告質問していない質問を再質問するなどルール違反をしたり、質問の中で国政の民主政権の問題を取り上げ、自民・公明やメディアの論調をなぞって、同じ言辞で、民主でもない新市長を恰も民主選出市長の如く捉えて批判していた事が不快感と併せて未だ傍聴市民の脳裏に残っている。
国政は話すなとは言わないが、自治体の
◆ 今一人は同じく所信表明の質問題目で1〜4の関連質問をしていたが、今回本状で取り上げ
る問題は新市長とのQ&Aの中で、同人
これが現下の地方自治体政治での市民代表としての議会(議員)と市民代表としての市(市政執行者)各々が果たす二元代表制の元での所定の権限帰属者の在るべき姿という。
筆者も止む無く是とするが、二元代表制の一方の市長は議会の下位に位置し、議会の決めた条例に沿って市政執行するのみ。
更に執行後その結果を議員による事業評価を受けて、その評価と指図を今後に活かす責任を負うのみ。
さすれば、市長は自ら民意を汲み、市政執行を通して民意実現する為の政策を起案し、議会審議で法制化するまでは、議会に言われる儘“下僕”型で議会意思の実現に努めるだけの事にならざるを得ない。
こうなるなら、二元代表制は名のみ、実態としては議会の一元代表制となり、議会の独断専行型の市政になりかねない?それならば有権者は極めて一大事?
差し当たりは23年4月の
今一つの対抗策は市民主権の政治・地域主権の政治で自治体の首長が益々行政施策で住民参加や協働を積極的に展開すること必定である。
さすれば、議会や議員が自分達が住民の代表といくら叫んでも説得力も薄く、自分達の立場や正統性が益々行政側に移っていく。
その中で議会解散・議員解職等直接民主制の請求権や住民投票制度など多様な権利を制度化する取り組みを住民主導で展開し、議会・議員の専横排除、防止につなげる事を早い機会に心ある市民と語らって、考究することとしたい。
(了)

お知らせ
9月議会の日程がきまりました。
阿部新行政スタッフも勢揃い、議会基本条例執行の議会スタートです。
市長の「市民主権」「市民が主役」「大事なことは市民が決める」、議会の「市民参画」「開かれた場での討論」等など9月議会はそれが実感できものとなるのでしょうか。
市民も議会参加し、従来の一方的な傍聴ではなく市民も発言する双方向の議会にしてゆきたいものです。
9月定例議会日程
9月 1日 (水) 本議会初日、行政報告、一般質問@
9月 2日 (木) 本会議2 一般質問A
9月 3日 (金) 本会議3 一般質問B
9月 6日 (月) 本会議4 一般質問C
9月 7日 (火) 本会議5 一般質問D
9月 8日 (水) 本会議6 補正予算・条例等
9月 9日 (木) 本予算7 補正予算・条例等
9月10日(金) 総務常任委員会
9月13日(月) 健康福祉常任委員会
9月14日
(火) 生活環境常任委員会
9月15日
(水) 子ども教育常任委員会
9月16日(木) 決算特別委員会@
9月17日(金) 決算特別委員会A
9月21日(火) 決算特別委員会B
9月22日(水) 決算特別委員会C
9月24日(金) 決算特別委員会D
9月27日(月) 代表者会議
9月28日(火) 議会運営委員会
9月30日(木) 最終日
会員募集
より開かれた議会、市民参画の議会となりました。
市民の皆さんの入会をお待ちしています。会員にお気軽にお声をおかけください。
入会案内のチラシをお渡しします。
発行者:
連絡先: